1952年から65年までの間、韓国が公海上で一方的に設定した「李承晩ライン」の侵犯を根拠に拿捕(だほ)され、長期抑留を経て浜田市内に帰還した船員や出迎えの群衆の写真を、浜田市長浜町のカメラマン川上譲治さん(71)が見つけた。18日でライン宣言からちょうど70年を迎えるのに当たり、パネル展を開き、歴史を後世に伝える。 (鎌田剛)

 見つかった写真は、1958年2月2日の第1次帰還と同年4月27日の第3次帰還の際、当時の国鉄浜田駅構内と駅前で撮影されたモノクロ写真8枚、画像データ1枚。

 第1次帰還の写真は、構内に17~48歳の島根県出身者29人が並ぶ。帰還を祝う多くの漁業関係者や市民で駅前広場が埋まり、駅舎の屋根にまで人がいる。船員は長い人で3年3カ月、短い人でも2年ほど抑留されており、表情は一様に硬い。第3次帰還の写真は浜田、松江両市出身者23人が横一列になり、表情や服装がはっきりと写っている。

 川上さんは以前から、戦時中に旧日本軍の要請を受けて南方へ向かい、帰ることのなかった漁船「徴用船」について調査。13年前、漁業関係者の間で保存されていた内部資料の中に、李ライン被害者の帰還写真が印刷されているのが目に留まった。

 以来、オリジナルプリントを探し、抑留された船員や家族、船主の証言や資料の取材にも力を入れてきた。...