職員と協議する谷口栄作医療統括監
職員と協議する谷口栄作医療統括監
デスクで電話を取る藤井秀樹所長=米子市東福原1丁目、米子保健所
デスクで電話を取る藤井秀樹所長=米子市東福原1丁目、米子保健所
職員と協議する谷口栄作医療統括監 デスクで電話を取る藤井秀樹所長=米子市東福原1丁目、米子保健所

 この1年間、山陰両県では松江市の飲食店や高校、米子市の社会福祉施設などでクラスター(感染者集団)も発生し両県の累計感染者はそれぞれ300人近い。それでも、医療体制が危機に陥らずに乗り切れた陰には、県庁や保健所で医療行政を支える公衆衛生医師の存在がある。その時どう判断し、対処したか。2人の活動で振り返る。 (多賀芳文)

 

<島根>

 2020年4月9日夕、島根県健康福祉部の谷口栄作医療統括監(59)の携帯に県職員から着信があった。松江市在住の女性が新型コロナウイルスに感染したとの一報だった。

 女性の勤め先は接客を伴う飲食店。不特定多数が出入りし、接触者の追跡調査が難しい。いきなりの困難事例で「どこまで広がるか不明で最悪を想定した」。

 当時、県全域で確保したコロナ病床は30床ほど。即座に手を付けたのは受け皿の確保だった。職員が県内病院の連絡先一覧を用意したが「担当者レベルでは間に合わない」と院長の携帯電話にかけ、直談判した。

 患者受け入れ範囲は県内の7医療圏域ごとと決めていたのを東部、西部、隠岐の3ブロックに広域化。松江の飲食店関連の患者急増に備え、受け皿を広げた。

 飲食店クラスターの患者は最終的に23人に上ったが、医療体制の逼迫(ひっぱく)には至らなかった。「日頃の医療機関とのコミュニケーションが力になる」と痛感した。

 病院との調整で対処しきれない大波にも直面した。

 8月8日、松江市内の高校生の感染が判明。生徒が暮らす寮で症状を訴える生徒が何人かいるとの情報に「嫌な予感がした」。患者108人と異例の大規模となる高校クラスターの端緒だった。関係者約300人を30~40人ずつに分けて行う検査の初回で8割が陽性の判定。「病床が足りない」と瞬時に察した。

 当時、即時に対応できるコロナ病床は100床余りで、高齢者や重症化リスクのある人のために空きを確保する必要があると判断。9日午後、無症状の感染者は寮で療養してもらい、陰性の寮生は県立施設に移って健康観察するよう学校や市に提案し、了承を得た。

 県内の医療関係者に称賛される、思いきった対応で「この手しかなかった。学校関係者もよく受け入れてくださった」と振り返る。

 

<鳥取>

 2020年4月7日に新型コロナウイルスに対応する緊急事態宣言が初めて発令され、同10日には鳥取県初の感染者が確認された。この月、米子保健所(米子市東福原1丁目)では電話の着信音が鳴りやまなかった。ピーク時は週に900件以上の相談が寄せられ、対応はパンク状態だった。

 電話は、自分の感染を疑う相談や感染者の情報を求める声。藤井秀樹所長は、反響を目の当たりにして、事態の大きさを痛感した。

 現場は当初、明確な対応マニュアルがなく、陽性患者や検体の輸送は防護服を着た保健所職員や県職員が担った。総力戦だった。

 「皆が『力の見せどころ』と協力してくれた。その気持ちを大事にしながら(組織が)くたびれないよう気を付けた」。職員を複数のチームに分け、休養をとれるローテーションを組んで長期戦に備えた。

 それでも、管内の境港市の飲食店や米子市の高齢者福祉施設でクラスターが相次ぎ、20年12月24日から21年1月9日まで17日間連続で新規感染者が確認された時には、疲労が極まった。明けない夜はないとの言葉があるが「夜は明けないのではないか」と思ったほどだ。

 1月6日には西部圏域の病床占有率が46%と、国が示すステージ4(爆発的な感染拡大)の指標50%に迫った。連鎖がいつ途切れるか見通せず、病床確保に奔走。どの病院もぎりぎりの中「プラスアルファをお願いする難しさがあった」。

 1月10日。陽性者ゼロの報が保健所内に届くと、自然発生的に拍手が湧いた。

 09年のSARS(重症急性呼吸器症候群)流行後に強化されたとはいえ、感染症への備えはまだ不十分とみる。コロナ禍と向き合う今、「感染症対策への関心や体制強化への声は高まっている。この課題を思い続けることが重要だ」と説く。