太宰治。妻の津島美知子さんは浜田市で生まれた
太宰治。妻の津島美知子さんは浜田市で生まれた

 太宰治の短編『葉桜と魔笛』は、青森県の津軽地方生まれの作家と島根の関わりを示す一篇だ。舞台は「島根県の日本海に沿った人口二万余りの或るお城下まち」。浜田市と推測できるのは、妻の津島美知子さん(1912~97年)が当地で生まれたからだ。

 地質学者で教育者でもあった美知子さんの父は島根県立第一中学校(現松江北高校)と第二中学校(浜田高校)の校長を務め、一家は1903年から17年まで島根で暮らした。太宰は新婚の39年、義母の体験談を基に同作を発表。病の妹を励まそうと思案する姉の振る舞いと思想が美しい口調でつづられる。

 島根に少なからず縁のある美知子さんは、山梨県の女学校で教師をしていた頃に、太宰の師である井伏鱒二の仲介で結婚。著書『回想の太宰治』によれば、「著書を二冊読んだだけで会わぬさきからただ彼の天分に眩惑(げんわく)されていた」とか。

 短い結婚生活では口述筆記などで夫の活動を支えた。「太宰は炬燵(こたつ)に当たって、盃(さかずき)をふくみながら全文、蚕が糸を吐くように口述し、淀みもなく、言い直しもなかった」。以後も太宰文学を後世に残すために尽力。結晶の一つが亡くなる直前まで推敲(すいこう)を重ねた同著だろう。夫に劣らぬ観察眼とたおやかな文章には、ただ憧れる。

 今であれば小泉八雲を支えたセツを連想する。ならば生誕の地をこじつけ、どうにか発信できないかという浅はかな考えを年頭に持つ。(衣)