ロシアはウクライナ国境に10万人規模の実戦部隊を集め、ベラルーシには約3万人を送り込んで同国と合同演習を始めた。ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟阻止を掲げて軍事圧力を一層強め、近く侵攻する恐れがあると米国は警戒している。
一方でロシアとは、米国やNATOによる直接交渉や、独仏がウクライナとの間を仲介する協議が継続している。戦争を避け外交決着を図るためには軍事的な緊張の緩和が先決だ。ロシアは演習を中止して、国境付近の部隊を撤収するべきだ。
ロシアのプーチン大統領が侵攻に踏み切れば、一般市民も含め多くの犠牲が出る。自国の安全を理由に隣国の主権と領土を侵し人命を奪えば、対話による妥協の道は閉ざされ、国際的な信用を失う。2014年にウクライナからクリミア半島を奪い、欧米の制裁下にあるロシアは、歴史に新たな汚名を残す。圧力から対話へ局面を移すことはロシアの利益でもある。
米ロ交渉では、ロシアがNATO不拡大を文書で確約するよう迫っているが、そもそもが無理な要求であり、交渉の対象にすらならない。ただ東欧へのミサイル配備に関する透明性などいくつかの問題では、米国が協議に応じる立場を示した。事態打開の糸口を探る努力を怠ってはならない。
米国のバイデン大統領とプーチン氏は12日に電話会談した。目立つ進展はなかったが、協議継続を確認したことは成果だ。ロシアとNATOの関係が焦点となる以上、欧州全体の新たな安全保障体制の構築を視野に、包括的で長期的な作業が不可欠となる。冷静に議論ができる枠組みと環境を、関係各国が協力して整える必要がある。
独仏の仲介外交では、親ロ派武装組織が支配するウクライナ東部の紛争を解決するため14年に当事者が調印したミンスク合意の履行が焦点だ。プーチン氏は状況打開の唯一の選択肢として再三言及している。
この合意は、地方分権化を柱にウクライナ憲法を修正、東部2州の親ロ派支配地域に「特別な地位」を恒久的に付与すると明記。修正内容には親ロ派代表の同意を義務付けている。ロシアは親ロ派を通じてウクライナの国政に「特別な」影響力を行使できる。単なる地域紛争の行方を超えて二国間の関係を左右するので、ウクライナでは「トロイの木馬」として悪評が高い。
ウクライナ東部の紛争はロシアの支援を受けた武装勢力が優位に立つ状況下で、停戦を優先する仲介国の独仏がウクライナにミンスク合意の受け入れを強く迫った経緯がある。しかしウクライナはロシアの国政介入を嫌い履行してこなかった。
国際社会が再度、弱い立場のウクライナに合意の履行を迫るのなら、同国の主権に対する十分な配慮と不断の支援が伴わねばならない。
プーチン氏は中国対策に集中したいバイデン政権の足元を見透かすように軍隊を動かし、米国を交渉の席に着かせた。軍事力を背景に強引に利益を追求するロシアを相手に、欧州の安全保障は新たな段階に入るだろう。
アジアでも尖閣諸島や台湾を巡る状況は簡単ではない。中国やロシアと接する日本は、ウクライナ情勢を遠い欧州の出来事と軽視せず、安全保障観を研ぎ澄ます契機にしたい。