手漉きの広瀬和紙を継承して独立した大東由季さん=安来市広瀬町布部、「広瀬和紙 紙季漉」
手漉きの広瀬和紙を継承して独立した大東由季さん=安来市広瀬町布部、「広瀬和紙 紙季漉」

 安来市広瀬町産の島根県ふるさと伝統工芸品・広瀬和紙の後継者が生まれた。昔ながらの手漉(てす)きで作る唯一の職人の下で修業した大東由季さん(27)=安来市広瀬町布部=で、独立して26日、店舗を開く。大量生産向きで安価な機械漉きに押され、楽な道ではないが「手漉き和紙の良さを知ってもらいたい」と意気盛ん。師匠の長島勲さん(84)=同市広瀬町下山佐=は後継者誕生を喜ぶ。 (桝井映志)

 広瀬和紙は、江戸時代に広瀬藩が奨励したのが始まりとされる。明治末期に機械漉きが現れると、手漉きは廃れ、1980年代には職人は長島さんだけになった。原料は主にコウゾやミツマタ。丈夫なのが特徴で、ちぎり絵用として人気がある。

 大東さんは境港市出身。高校で機械加工を習った後、手作りの魅力に引かれ京都府内の専門学校で和紙工芸を学んだ。手漉きの魅力は原料を煮る時間やトロロアオイという粘液の量の加減で軟らかさや厚さを微調整できることだという。

 浜田市内の事業所で石見神楽の面や蛇胴に使う和紙作りに携わるうち、テレビ番組で長島さんを知り2018年春、弟子入りした。技術はもちろん、考え方に感動したという。例えば、紙を置くときの手の角度などちょっとしたこだわりにも経験に基づく理論があり、丁寧に説いてくれた。

 21年春まで修業。この1年間は店舗・工房とする古民家の改装など独立の準備を進めた。「広瀬和紙 紙季漉(しきろく)」と名付けた店では着色した和紙のほか、名刺やランプシェード、コースターなどを扱う。「師匠のように、漉いた紙が売れるのが理想だが、すぐには難しい。まずは和紙の使い道を提案する」と話す。6月ごろには工房も稼働させる。

 長島さんは過去にも弟子を取ったが、技術を身に付けても和紙作りをやめるなど後継とはならなかった。それだけに、大東さんを迎える時は「本気でやるか。できれば後継者になってくれ」と念押しした。熱心に学び、広瀬町に根を下ろす姿に、教えがいがあったと振り返る。「あの子が独立して道具を持って出てしまったら、仕事する気が薄れてしまってね」と後継者が育った安堵(あんど)感を漂わせる。

 紙季漉は当面、土日曜午前10時~午後4時の店舗営業のみ。電話0854(26)4816。