日本国憲法は施行から75年を迎えた。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三大原理を掲げて戦後日本の支柱となってきた憲法は今、重要な岐路に立っている。
自民党はロシアのウクライナ侵攻を受けて国際情勢が緊迫化しているとして防衛力の大幅な増強を主張。国会の憲法審査会では、有事や「100年に一度の危機」とされる新型コロナウイルスへの対処を理由に、内閣に私権制限の権限を付与する緊急事態条項が改憲論議の焦点となっている。
戦争放棄、戦力不保持を定めた憲法9条や、11条が「侵すことのできない永久の権利」と規定する基本的人権の形骸化につながりかねない議論だ。
国際情勢の緊迫化や感染症のまん延は国民の不安を募らせる。だが、敗戦の反省に基づいて国際平和の追求を先導していくこと、人権が抑圧された時代を忘れずに権利と自由を守っていくことは、時代の変化に左右されない普遍的な理念ではないか。危機の時にこそ、不安に乗じた議論ではなく、憲法の理念を再確認する議論を尽くし、その実現に努めるべきだ。
自民党は9条改正や緊急事態条項の新設など4項目の改憲案をまとめている。岸田文雄首相(自民党総裁)は「改憲は結党以来の党是であり、今こそ成し遂げなくてはならない」と強調し、夏の参院選の公約に掲げる方針だ。参院選後は衆院解散がなければ3年間国政選挙が行われず、具体的な改憲論議が進む可能性もある。極めて重要な選挙になろう。各党は主張を明確にしなければならない。
ウクライナ侵攻を受けて揺らいでいるのが平和主義だ。自民党は日本周辺の安全保障も厳しさを増しているとして相手国の指揮統制機能まで「反撃」できる能力の保有や、防衛費の大幅増額など防衛力の増強を政府に提言した。専守防衛の枠内だと主張するが、平和主義を逸脱する安保政策の転換ではないか。
憲法前文は恒久平和と国際協調を掲げ、ロシアのような専制支配を否定している。民主主義国としての崇高な宣言だ。紛争を拡大させないために憲法の理念に基づく外交こそが求められている。
衆院憲法審で焦点になっているのは緊急事態条項の新設だ。自民党は有事や大規模災害、感染症流行などで国会が開けない場合、法律に代わる緊急政令を制定する権限を内閣に与える改憲を主張。一方、公明党などは緊急事態時に国会議員の任期延長を認める規定に絞るべきだとしている。
議員の任期延長は緊急時にも国会が機能を維持し、立法や行政監視の役割を果たせるようにするための措置だ。衆院憲法審は緊急時にオンライン国会の開催を認める見解をまとめたが、これも立法機能の維持が目的だ。緊急事態にこそ権力の暴走による人権侵害を防がなくてはならない。緊急事態対応はその観点から議論すべきだ。
衆院憲法審では憲法改正の手続きに関する国民投票法の改正案が審議入りした。だが国民投票運動のCM規制などの課題は先送りされている。国民投票運動の公平性を担保するため、CM規制の議論も進めるべきだ。
施行から75年たち、インターネット上の人権保障など、施行当時は想定されていなかった課題も出てきている。幅広いテーマに目配りした憲法論議が求められている。