福島第1原発の敷地内に並ぶ処理水を保管するタンク〓(?)1月(共同通信社ヘリから)
福島第1原発の敷地内に並ぶ処理水を保管するタンク〓(?)1月(共同通信社ヘリから)
福島第1原発の敷地内に並ぶ処理水を保管するタンク〓(?)1月(共同通信社ヘリから)

 廃炉作業が進む東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)の敷地内には、エリアごとに色分けされた1千基余りの巨大なタンクが林立している。航空写真で見ると、まるでモザイクのようだ。

 貯蔵されているのは、原発で発生する汚染水を浄化した後に残る放射性物質トリチウムを含んだ処理水。東電は約137万トンの保管容量を確保しているものの、既に保管量は約125万トンに。タンク増設の余地はなく、来年秋以降には満杯になる見通しという。

 そこで政府は、2年後をめどに処理水を海洋放出する方針を決めた。トリチウムは人体への影響は極めて少ないとされ、運転中の原発からも放出されている。しかも放出する際は、濃度を国の基準の40分の1未満まで薄めるという。

 それでも全国漁業協同組合連合会(全漁連)は「到底容認できるものではない」とする抗議声明を発表した。懸念するのは漁獲量への影響ではなく、風評被害だ。

 昨年12月、原発視察で現地を訪れた際に聞いた福島県いわき市の底引き網漁師新妻竹彦さん(60)の悲痛な訴えが今も忘れられない。「断固反対。(放出するなら)人知れず、そっと流してほしかった」

 暖流と寒流がぶつかる福島県沖は豊かな漁場で、ヒラメやスズキなどは「常磐もの」として高値が付いていた。ところが、2011年3月の原発事故で全面的な操業自粛に追い込まれた。12年に魚種や海域を絞った試験操業を開始。20年の漁獲量は約4532トン(速報値)に回復したが、それでも事故前の10年の17%ほどだ。

 今年3月には、本格的な漁業復興へ向け、試験操業を終えて操業の自主的な制限を段階的に緩和していく方針を決めたばかり。「科学的に安全だからといって、ごみを職場(漁をする海)に置かれたら誰でも怒るはずだ」という新妻さんの憤りはもっともだろう。

 放出を決定した際、菅義偉首相は「政府が前面に立って安全性を確保し、風評払拭(ふっしょく)へ向け、あらゆる対策を行う」と述べた。

 一方で政府は、水産業などの販路拡大や観光客誘致といった支援策を講じても風評被害が生じた際は、東電が賠償するとした。とはいえ、経営再建の切り札とされた柏崎刈羽原発(新潟県柏崎市、刈羽村)の早期再稼働が絶望的な東電に、賠償能力があるとは思えない。無責任ではないか。

 福島の復興を巡っては、テレビ番組のロケで世話になっているという理由で、人気グループTOKIOのメンバーがノーギャラで農産物の安全性をPRするCMなどに出演している。今回の放出決定は、それとは対極の行動だ。

 逆境の中、本気で風評被害払拭に取り組むのであれば、トリチウムの詳細なデータを国民に分かりやすく説明した上で、首相や関係閣僚が率先して福島の魚を食べるくらいのパフォーマンスも必要だ。それができないなら漁業者の「職場」を汚すべきではない。

         =随時掲載=