10日の投開票で参院選、真夏の戦いが終わった。選挙戦では候補はもちろんだが、候補に代わってマイクを握り存在感をアピールする車上運動員の役割は大きい。その場に合った臨機応変のアナウンスを発し、手を振ってくれる人がいるか、周囲の民家や車にも目を配る。多くの選挙に携わった鳥取市在住の女性にウグイス嬢の仕事や選挙戦の舞台裏を聞いた。(安来支局長・桝井映志)
「農家の息子として育ちました○○です。暑いですね。農作業、お疲れさまです。○○は皆さんの苦労、分かります」。参院選鳥取・島根合区選挙区、序盤の6月下旬、鳥取市郊外の農村部に新人候補の選挙カーからアナウンスが響いた。
マイクを握る女性は車を止め、あいさつするよう候補に促す。「見とる、見とる。手を振って」「農村、農家を守ってまいります、って言って」と助言する。作業の手を止め、あいさつを聞いた農家は帽子を手に取り、振り返してくれた。
◇ライブ感を工夫◇
女性は2010年の鳥取市議選で車上運動員を頼まれて以来、国政選挙や市長選挙、県議会議員選挙、市会議員選挙など数々の選挙に携わった。
自分なりに工夫して築いたスタイルは実況中継のようなアナウンス。「台本を読むだけならカセットテープと一緒。とにかくライブ。好感を持ってもらえる」という。例えば、強い風が吹くと「風が強くなってきました。この風を追い風にして頑張ってまいります」、坂道を駆け上がる人に出会うと「ランニング、お疲れさまです。○○は政治の坂道を登っているところです」といった具合だ。
遊説中は玄関に有権者が出ていないかなど周囲に目を配り、選挙カーが通り過ぎてから出てきた人がいれば「お姿拝見しました。後で引き返します」とアナウンス。元気な候補なら車を止めて走って行かせる。「今降りました。そっちに行きます。走ってますよ」と実況すると、他の民家からも人が出てくるという。
現職候補の場合はこれまでの支持へのお礼や実績といったオーソドックスなアナウンスが中心になるが、それだけではなかなか有権者に響かない。「年金の問題もございます」などと関心が高いテーマを出して引きつけるという。ひたすら候補の名前を連呼するだけでは支持につながらないことを肌感覚で分かっているようだ。
◇あちこちから依頼◇
もともと頼まれてイベントの司会をしていた。声の良さを見込まれて、選挙の車上運動員の話が来たという。単純に候補者の名前を連呼するのではなく、有権者の気持ちをつかもうと自分で考えて工夫するスタイルは「うまい」と評判になり、選挙が近づくと自民系や野党系いろいろな陣営から依頼を受けるようになった。
マイクを使うとはいえ、ずっとしゃべり続けるのはたいへんな仕事だと思う。選挙カーでは2人で交代しながらウグイス嬢を務める。のど飴をなめ、声に気をつけているという。
候補に最も身近な有権者の1人として、さまざまな候補を見てきた。
リーフレットに書かれた政策について不明な点を尋ねた時、丁寧に答えてくれる候補には「私のことを有権者だと思って説明してくれている」と好感を抱く。車上運動員の経験が浅かった頃に「伸び伸びと言っていい。もし苦情が来たら全部わしが引き取る」と言ってくれた候補には度量の大きさを感じたという。
◇候補の姿に厳しく◇
逆に、遊説中、選挙カーの助手席で居眠りするような候補もいると明かす。「そばにいる私も有権者だということが分かっていない。こういう人は議会に出ても寝るだろう」と感じ、言葉に力が入らないという。
候補を見る時に重視するのは実行力だ。特に現職候補には過去の公約を実現できたか尋ねる。
「選挙では良いことを言うけど、実現する人はごく一部。今まで言ってきたことを覚えているのか、それがどうなったのかは尋ねる。実現できた公約があれば実績として堂々と言えるし、次はこれに挑戦しますと言える。投票所に行って人の名前を書くというのはすごいこと。書いた人の気持ちはどうなるんだろうということは考える」
車上運動員をしながら、政治や選挙のあり方に自分の意見を持つようになった。有権者に「お願い」する責任を感じている。