近年、豪雨による河川の氾濫や土砂災害が全国各地で頻発している。山陰両県でも、江の川では4年間で3度の氾濫、2021年には松江市や雲南市で孤立世帯が発生する水害に見舞われた。今年は例年にない早さで梅雨明けしたが、これから集中豪雨や台風への警戒が欠かせない。近年、島根県内で発生した豪雨災害の現場をリポートし、命を守るために必要な対策について考える。(47水害から50年、取材班)
「警戒レベル5」を発令
2021年7月7日早朝、松江市は市南部の八雲町日吉地区(755世帯、1884人)に、町内を流れる意宇川が氾濫する危険があるとして警戒レベル5「緊急安全確保」を発令した。

市は前夜から翌日未明にかけて、激しさを増す雨の中、気象庁担当者とホットラインで情報を得て参考にしながら、いかに情報発信するか対応に追われていた。
2カ月前の5月には災害基本法改正に伴い、5段階の警戒レベルが新設された。レベル5は「命の危険 直ちに安全確保!」との行動を促す最高水準。新基準を発令するかどうか、早速判断を迫られた。市防災危機管理課は午前6時50分、これまでの降雨量や意宇川の一部氾濫の情報を受け、レベル5の発令を決断した。
近年、道路の冠水などが続いていた八雲町日吉地区では、早朝にも関わらず対象の15%に当たる最大122人が避難した。西日本豪雨で死者と行方不明者が出た岡山、広島、愛媛3県17市町の平均の避難率4・6%と比較しても高かった。
市防災危機管理課の足立博之課長は防災気象情報に応じて、避難情報を出したが、早朝に豪雨の中で住民を避難させることの危険性も懸念した。
ハザードマップ再確認を
ゲリラ豪雨など過去経験したことのない豪雨に襲われ、災害の危険度が高まっている。気象情報を受ける住民側も自らの命を守るためには意識の変化が求められる。

土砂災害や水害を前に、住民たちが避難意識を高める重要な情報の一つに災害の被害を想定した「ハザードマップ」がある。マップ上で指定避難所が浸水域になっている地域もあり、水害や山崩れなど激しくなる災害を前に、マップの状況を確認し、備える必要性がある。
広大な出雲平野と市街地を通る斐伊川は、天井川で越水や破堤が起きた場合、氾濫の想定区域は広い。
1972(昭和47)年の「47水害」では5日間で538㍉の雨が降り、宍道湖の水位が上昇。斐伊川下流域を含む約2万5千戸が浸水した。
斐伊川上流部の尾原、志津見ダムが完成し、中流部で神戸川へ分流する斐伊川放水路など大規模な治水対策が進んだ。しかし、今でも出雲市のハザードマップでは、斐伊川流域の48時間の総雨量が516㍉となった場合に氾濫し、市街地を含む出雲平野の大半が浸水すると想定している。
2006年7月には氾濫危険水位(4・6㍍)を超える5・37㍍まで上昇する豪雨に見舞われ、いつ決壊してもおかしくない極めて危険な状況になった。
47水害を経験し、06年の豪雨時に自主的に地区外に避難した出雲市灘分地区の佐藤本行さん(71)は「このあたりは大雨に非常に弱い地域。避難に積極的にならないといけない」とかみしめる。
灘分地区は標高1㍍ほどでハザードマップではすべての場所が浸水する想定になっている。このため、地区内に3つある指定避難所が浸水して開設できないことを想定し、地区外の避難所が一目でわかるハザードマップを地区で独自に作成して全戸に配布した。
自治協会の渡部良幸会長(71)は「家からどの避難所が近いのか、どの道を通って避難するかをあらかじめ決めてほしい」と話した。災害への危機感が強く、避難は常に起こりうるとの意識が根付いている。
過去の経験では命守れない
危機意識が求められるのは江の川や斐伊川といった大きな河川の流域だけではない。山沿いも危険は増し、島根県は全国で上位に入る3万2千カ所に及ぶ土砂災害警戒区域がある。
土砂災害は河川の氾濫に比べ、予測が難しく、河川の氾濫に比べて準備する間もなく突然発生する。
「標高もあり岩盤もしっかりしていて、水害や地震などの災害には無縁だと思っていた」と話すのは、松江市八雲町日吉地区の団地に住む北川美知子さん(65)。同地区では2021年7月に豪雨がおさまった後、市から突然「避難指示」が出た。団地の裏山で土砂災害の危険があるとの判断だった。同地区に40年近く住む北川さんは「おちおちしていられないと思った」と振り返った。今までの経験だけでは命が守れなくなっている。
八雲町自治会連合会会長で災害対策本部長を務めた林繁幸さん(71)は、八雲町では19年から連続で意宇川が増水し道路が冠水したことで高まった危機意識を、土砂災害、地震などにも広げる必要があると強調した。
21年の豪雨は山間部も容赦なく襲った。7月12日、梅雨前線と気圧の谷の影響で、記録的な大雨となり雲南市三刀屋町の飯石地区では土砂崩れの影響で一時孤立世帯も出た。避難所に詰め、住民の対応、地区内の災害情報などの収集に当たっていた地域自主組織の妹尾富徳会長(72)が近くに住む住民に強い口調で避難するよう訴えた。


午前10時35分に市全体に出された、警戒レベル5「緊急安全確保」が発令されて間もない頃だった。住民は「家にいる」と聞かなかったが、妹尾会長の言葉に折れたという。その後、住民宅の裏山が崩れた。
その日、他の住民の中には、家族や周囲の状況で避難できなかった住民や河川の状況で避難判断を早めた住民もおり、妹尾会長は肝を冷やした。今回の豪雨ほどの災害経験がなく、災害やそれに伴う避難について考える機会は少なかった。「避難の判断は人それぞれだが、もっと避難意識を高めていかないといけない」と住民の命を守るために決意をあらたにした。
災害情報 発信側も試行錯誤
局地的豪雨をゲリラ豪雨と呼ぶなど近年の気象は、明らかに変化している。
国交省気象防災アドバイザーで元気象庁職員の堀江安男さん(69)=雲南市三刀屋町三刀屋=は、地球温暖化など気候変動の影響で「以前に比べて大雨の降り方は比べものにならない」と言う。
それだけに、命を守るための避難や誘導の重要性は増している。ただ、地域や住民によって情報を受け取る側の意識に差がある。
情報を発信する側の気象庁の現場も試行錯誤の中にいるという。警戒レベル5相当で数十年に1度の大雨になる可能性がある時に発表する「大雨特別警報」やレベル4相当の「土砂災害警戒情報」など注意報や警報、気象庁が出す情報だけでも多く、これに自治体が出す避難情報、水位などを合わせると、住民が得ることのできる情報は数え切れない。住民が避難を判断する情報を決めておかないと、迷うことになってしまう。

堀江さんは「予報に携わり、住民へ伝わっているのか自問していた」と明かした。従来の知見で的確に予測し、情報発信できていたとしても「(知見)を越える災害や想定できないものがある。いかに住民に伝わるように情報を出すか。この課題が消えることはない」と気象現場の葛藤を代弁した。
情報から避難のスイッチを
香川大創造工学部の竹之内健介准教授=災害情報=は今の災害避難の状況を「防災や避難の『文化』として定着していない」と指摘した。
竹之内准教授は、岐阜県で小学生が実際の雨量と、その雨への恐怖感を結び付ける取り組みを示し「地域住民の避難につながる『スイッチ』として、行政側の情報と住民の見た雨の状況といった感覚を結び付ける取り組みが必要だ」と、災害情報と住民を結びつける必要性を説いた。

災害が起きる前には、自治体などからさまざまな情報が出る。情報を受け、準備ができるのが水害。行政側は、得た情報を的確に早く分かりやすく伝えることはもちろん、住民側も日頃から避難について考え、避難に向けた自分なりの判断基準と行動を決めておくことが命のかかった最後の場面で必ず生きる。災害のリスクは高まっており、あらためて考えてみたい。