岸田文雄首相は新型コロナウイルス感染者の全数把握と水際対策の見直しを発表した。前者は感染拡大の第7波で業務が逼迫(ひっぱく)する医療機関や保健所を救う「危機対応」、後者は経済活動を平時に近づける「危機克服後の対応」と言える。同じ「緩和」でも趣旨は異なる。
いずれも重要だ。だが同時発表は「既に危機は去った」という誤ったメッセージに受け止められかねない。発熱外来の予約も取れない医療現場を早急に支援するなど、現下の危機の克服を政府は最優先するべきだ。
医療機関はコロナ患者を確認した場合、保健所への届け出が義務付けられてきた。氏名や生年月日などを政府の情報共有システムに入力し、それを基に政府は感染状況を把握していた。しかし治療を優先すべき医師らが深夜まで入力作業に追われ、全国知事会などが「統計より命が大切」と早期見直しを求めていた。
今後の感染症対策に役立てるためにも正確なデータは大事だ。だが必要な医療提供により救える命を救うことを優先するなら、自治体判断で患者情報の届け出対象を高齢者などに絞れるようにした見直しは妥当だ。
そもそも病院の混雑で受診できない患者が多く、全数把握は既に破綻しているとの指摘もある。第7波を切り抜けるため、政府はもっと早く見直しを決断すべきだった。
ただ重症化リスクが低く感染者数のみの報告になる若年層などは健康観察の対象外となり、症状急変の場合にすぐ医療にアクセスできない懸念が出る。政府は機動的な対処が可能になる体制の整備に努めてほしい。
先進7カ国(G7)で最も厳しい水際対策については、日本に入国しようとする全員に求めてきた出国前72時間以内の検査の陰性証明を、ワクチン3回目接種などを条件に免除する。1日当たりの入国者数上限も現行の2万人から引き上げる方向で検討されている。
海外が既に入国規制撤廃の流れにある中、日本の厳しい水際対策はビジネス往来や外国人観光客誘致の障害になっており、経済界が見直しを求めていた。日本国内が世界で最も新規感染者の多い状況となって厳しい対策を続ける意味合いも薄れており、世界標準に規制のハードルを下げなければ国際競争に負けるという主張も理解できる。
しかし、これは首相自身が言うように「ウィズコロナに向けた新たな段階への移行」の措置であり、すぐやらなければ国民の命や健康を左右するような緊急性はない。焦眉の課題である危機対応とは一線を画すものだと首相はきちんと国民に説明するべきではないか。
出国前の検査を免除しても、第7波が収まらない今は入国した際の検査体制はむしろ強化する必要がある。海外からの入国者を増やすなら、感染が判明した入国者を隔離するホテルなどの確保も強化すべきだ。今後、外国で新たな変異株が見つかった場合には、すぐ厳しい水際対策に戻せる体制も重要になる。
今回の見直しに至る過程で政府は常に後手に回り、知事会、医療界、専門家に突き上げられてようやく重い腰を上げた。だが各方面が求める改革のもう一つの柱は、医療の逼迫解消のため指定医療機関以外の一般の診療所でも基本的治療ができるようにすることだ。政府は、この「危機対応」も早期に実現するべきだ。