セクハラ、パワハラなどが重大な人権侵害であることは論をまたない。ところが国民の安全を守るべき自衛隊ではびこっている疑いがあり、防衛省は根絶を目指して重い腰を上げた。
浜田靖一防衛相がハラスメントの実態を調べるため全自衛隊を対象に「特別防衛監察」の実施を命じた。同時に相談対応の緊急点検や、対策見直しの有識者会議設置なども打ち出した。
特別防衛監察は、南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報隠蔽(いんぺい)問題などに続いて6例目だが、ハラスメントを対象とするのは初めてだ。
実施主体は、不正行為や倫理違反の調査に当たる大臣直轄の防衛監察本部だ。トップの歴代防衛監察監には検事長経験者が就く組織である。特別防衛監察に踏み切ったことは肯定的に評価したい。
ただ自衛隊には、過去に何件も司法の場などでハラスメント事案が糾弾されながら、根絶できなかった歴史がある。閉鎖的な階級組織ではハラスメントが起きやすい。今度こそ、徹底した調査と対策で、体質の改善を図らなければならない。
今回のきっかけは、元陸上自衛官五ノ井里奈さん(22)が実名を明かして訓練中の性被害を訴えたことだ。強制わいせつ容疑で書類送検された男性隊員3人は不起訴となったが、検察審査会が最近「不起訴不当」を議決、検察が再捜査する。
五ノ井さんは8月末、第三者委員会による調査を求めて、インターネット上で集めた10万筆以上の署名を防衛省に提出した。勇気ある告発を無駄にしてはならない。
また彼女はネット上で自衛隊経験者のハラスメントアンケートも実施、146人分の声を詳しく分析、公表した。
「飲み会中に上司からコスプレを要求された」(20代女性)や「女性隊員の前で全裸で踊らされた」(20代男性)「勤務中、理不尽に殴られた」(同)などの証言が生々しい。
防衛省によると、省内窓口へのハラスメント相談は、2016年度256件だったのが、21年度2311件と5年で約9倍に急増した。特別防衛監察では、その実態を明らかにしてもらいたい。
自衛隊では以前からハラスメント事案が多発し、訴訟で国側が敗訴したケースも多い。
08年には福岡高裁が、護衛艦乗組員の男性が自殺した原因を「指導の域を超えた上司の侮辱的言動によるストレス」と認め、国に350万円の賠償を命じた。自衛官の自殺を巡り、国の責任を認めた初の司法判断で、そのまま確定した。
札幌地裁は10年、元航空自衛官の女性が同僚男性から性的暴行を受けた上、相談した上司から逆に退職を強要されたと認定、国に580万円の支払いを命じた。判決は「被害を訴えた女性を厄介者とする露骨で不利益な扱い」と非難。国は控訴を断念した。
その後も国側の敗訴例は続く。中には国側が不利な証拠を隠していたことが控訴審で発覚したケースもあった。南スーダンPKOの日報隠蔽にもつながる自衛隊の体質を指摘せざるを得ない。
こうした苦い経験から自衛隊は何を教訓としてくみ取り、対策に十分生かしてきたのか。特別防衛監察では、そこまで徹底した検証をするべきだ。言うまでもなく、すべてのハラスメントを一掃せねばならない。