名古屋刑務所で8月までの1年弱に、刑務官22人が受刑者3人の顔をたたいたり、アルコールスプレーを顔に噴射したりする暴行を繰り返していたことが明るみに出た。受刑者1人は顔に軽いけがをした。
同刑務所では約20年前に強力な放水や革手錠の乱用で受刑者3人を死傷させる事件が発生し、複数の刑務官の有罪が確定。最終的に明治以来の監獄法廃止と受刑者の権利を明確にした刑事収容施設法施行につながった。
にもかかわらず、今回の事態である。重大な人権侵害を何度繰り返すつもりなのか。斎藤健法相は全国の刑務所での実態調査と外部有識者による検討会設置を表明した。当然の対応だ。
20年前の教訓が、組織内で風化しているのではないのか。そうした視点も持ち、徹底した調査、検証を進めてもらいたい。構造的な問題や体質まで、あぶり出さねばならない。
法務省の説明によると、今回のケースは、刑務官による集団的な暴行ではなかった。22人の刑務官がそれぞれ個別に暴行を加えていたといい、まん延、常態化していた疑いが極めて濃いと言えるだろう。
刑務官の内訳は20代17人、30代5人と若手中心で、採用3年未満の者が16人と7割超を占めていた。おおむね暴行を認め、動機については「指示に従わず、大声で要求を繰り返したため」などと説明したという。
個人の懲戒処分や刑事責任追及は当然だが、再発防止には背景などの解明が欠かせない。例えば、法務官僚として刑務所勤務の経験もある大学教授の指摘は重要だ。
「刑務官は受刑者を『怖い』と感じてしまうと、力で抑えつけようとしてしまう。自信を持って対応できるように教育して、現場に送り出せなかった法務当局にも責任がある」
2020年度以降に採用された刑務官は、新型コロナウイルス禍の影響で集合研修が見送られ、オンライン方式に変更された。こうした状況で初期教育の不足が生まれ、受刑者への不当な対応につながった可能性がある。
有識者検討会には、その因果関係を調べ、教育・研修の改善策も検討してもらいたい。
問題点はまだある。20年前の事件を契機に、刑務所などの運営に民間の意見を反映させるため、各地に医師や弁護士、地元住民らでつくる刑事施設視察委員会が設けられた。
名古屋刑務所の視察委は今年3月、受刑者との面接などから「職員の言動や対応に対する不満が相当数ある」として、対策を講じるよう求めたが、刑務所側は「不当な言動はなかった」と回答。特段の対応はせず、指摘は生かされなかった。
「外の目」を運用改善につなげるせっかくの仕組みが、形骸化しているのではないか。刑務所側は指摘を受け、何を調べ、何を確認したのか。視察委の要請が結果的に無視された経緯の詳細も明確にしなければならない。
今年の通常国会での刑法改正によって、25年までに懲役・禁錮刑が廃止され、拘禁刑に一本化される。「懲らしめ」ではなく、受刑者の特性に応じた「改善更生」を図る処遇をする狙いだ。
今回、表面化した現場の実態を改善しない限り、その目的は実現できまい。法務省は肝に銘じなければならない。