経団連が開いた労使フォーラムであいさつする十倉雅和会長(中央)=24日午前、東京都千代田区
経団連が開いた労使フォーラムであいさつする十倉雅和会長(中央)=24日午前、東京都千代田区

 物価上昇が暮らしの重荷になる中で春闘がスタートした。問われるのは賃上げの幅や広がりと持続性だ。経営側は企業規模や業種にかかわらず、思い切った賃上げを打ち出し、長く続いてきた賃金低迷からの転換に踏み出してもらいたい。

 経団連は春闘の指針を示し、賃上げを「企業の社会的責務」と位置付けた。国内やグローバルな規模での人材確保を考え、賃金引き上げを表明する大企業が相次いでいる。

 ユニクロを運営するファーストリテイリングは国内正社員の年収を最大で4割引き上げると発表した。サントリーホールディングスも6%の賃上げに踏み切る見込みだ。

 経営者に求めたいのは基本給を底上げするベースアップ(ベア)だ。連合はベア3%、定期昇給分を合わせ5%程度の賃上げを要求している。ベアは賞与などにも反映され、収入が増えたことを実感しやすい。

 金融不安やデフレに見舞われた1990年代末以降、企業は一律の賃上げに後ろ向きだった。「成果主義」を強調してきた会社も多いが、値上げはあらゆる家庭を直撃している。物価上昇分は給与を等しく引き上げ、「一律」と「成果」のバランスが取れた賃上げを探ってほしい。

 最近の物価上昇によって実質賃金は目減りしており、昨年11月は前年同月比2・5%減(確報値)だった。放置すれば個人消費の減速は避けられない。賃上げは景気を維持する大きな鍵でもある。

 ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、エネルギーや食料品の価格高騰が起き、多くの業種で値上げが広がった。電気、ガス料金は今春以降、さらに上昇するだろう。

 こうした物価上昇は企業間で価格転嫁の動きが起きた結果でもある。原材料の高騰は下請け企業などがコスト削減によってのみ込める規模ではなかった。

 中小企業が賃上げできる環境を整えるためにも、発注元の大企業は納入価格の引き上げを受け入れる姿勢を示してほしい。転嫁が進まないと悩んでいる中小企業はまだ多い。公正取引委員会は転嫁の協議を受け入れなかった13社・団体を公表した。政府は独禁法を積極的に運用し、下請け企業の支援を続けるべきだ。

 高インフレに苦しむ米国や欧州と違い、国内の物価上昇は急速な利上げや景気減速を迫られるほどではない。20年余り続いた賃金抑制を是正するには時間がかかる。賃上げを今年だけで終わらせるのは間違っている。

 製品価格にコストを反映できなければ、モノやサービスの値段が上がらず、企業の収益や賃金も改善しない。いまの物価上昇は予期しなかった戦争によって起きたが、この悪循環から脱する機会だととらえたい。

 中小企業やサービス業の賃上げは簡単ではない。もともとIT投資によって生産性を高めるのが難しいからだ。だがコロナ禍は出口が見え始め、新たな技術や技能を学び直す「リスキリング」の普及策もようやく始まった。終身雇用だけでなく、専門性を生かした「ジョブ型」の働き方を拡大し、年収が上がる転職を広げたい。

 経営者が高齢化し、後継者もいない中小企業は賃金や雇用にも不安を抱える。政府、自治体、商工会などは事業承継を強力に支援し、賃上げが伴う世代交代や再編を実現してほしい。