大手製造業の春闘は満額回答が相次ぎ、賃上げに例年にない勢いが生まれている。資源や輸入食料などの価格上昇に背中を押されながら、20年余り続いた賃金停滞にようやく転機が訪れた。
家計に暗い雰囲気をもたらしてきた低賃金の是正は、今年だけの大幅賃上げでは到底難しい。ロシアのウクライナ侵攻に起因する物価上昇は暮らしを圧迫している。それを上回る賃金改善を安定して続けなければならない。
賃上げが大企業だけに偏るのも困る。中小企業との格差が広がれば、不公平感はますます強まる。非正規雇用の女性や高齢者にも賃上げが行き渡らなければ、活力は取り戻せない。労使交渉を政府が後押しし、持続力と広がりのある賃上げへのスタート台にしたい。
トヨタ自動車は2月下旬、賃上げ、年間一時金(ボーナス)ともに満額で応じるといち早く決め、全体のリード役になった。ホンダはベースアップ(ベア)を含め基本給を底上げした。IHIのようにほぼ半世紀ぶりに満額回答した企業もある。平均賃上げ率は約30年ぶりに3%を上回る期待も生まれている。
経営側が高水準の回答に踏み切ったのは、深刻な物価高が続いたのが一因だ。1月の全国の消費者物価指数は前年同月より4・2%上昇した。1981年9月以来、約41年ぶりの高い伸びだ。
ロシアのウクライナ侵攻から1年が過ぎ、前年と比べた物価上昇率はこれまでより低くなるかもしれないが、資源や輸入農産物の価格が値下がりするわけではない。
国内の平均賃上げ率は21世紀に入ってから1%台後半から2%台前半にとどまり、先進国の中でも見劣りする賃金水準になった。株主への配当や株価対策を優先し、人件費を抑えてきた経営者の責任は重い。資金をため込むばかりで、成長への投資にも後ろ向きだった。雇用全体の4割近くを非正規が占めるようになったのも、企業が人件費抑制を過度に重視したからだ。非正規の処遇改善なしに、全体の生活水準を底上げするのは難しい。
春闘はこれから後半戦に入る。コロナ禍で苦しんだ外食、観光、サービスなどが回答に臨む。この分野に多い中小企業の動きはさまざまだ。
これまでと同じように賃金を抑制しようとする会社がある半面、人手不足を乗り切るため、思い切った賃上げを検討する企業もある。国内総生産(GDP)の7割を占める第3次産業の賃金改善が不十分なら経済に力強さは生まれない。
賃上げを続けるためには事業の効率性を高め、「もうかる体質」に転換することが欠かせない。しかし経営者が高齢化し、立ち往生している中小企業は少なくない。提携先を探したり、事業承継の相談に乗ったりするには商工会、税理士会、金融機関などの地域ネットワークが役立つはずだ。デジタル技術の導入にも手助けが必要になる。政府や自治体は高齢の事業者の視点できめ細かい支援を考えねばならない。
長く動かなかった賃上げの歯車がようやく回り出した。賃上げは最大の分配政策であり、この機を逸したら、閉塞(へいそく)から抜け出すことはできない。政労使が危機感を共有し、真剣に行動することこそ、賃上げに持続力を与える唯一の道だろう。













