岸田文雄首相(自民党総裁)が衆院和歌山1区補欠選挙の応援演説を始める直前、筒状のものが投げ込まれ、爆発した。警察は現場にいて爆発物を使用したとみられる男の容疑者を逮捕。首相にけがはなかったものの、演説は取りやめになった。
動機は不明だが、暴力行為によって選挙運動を中断に追い込み、言論の自由を封じるようなことは断じて許されない。
昨年7月の参院選のさなかには、演説中の安倍晋三元首相が銃撃され、死亡した。警察には、強化したはずの警護体制に不備はなかったか、検証の徹底を求めたい。
事件は15日午前、和歌山市の雑賀崎漁港で起きた。地元海産物の試食を終えた岸田首相が200人以上の聴衆の前に移動して演説をしようとした際、付近に筒状のものが投げ込まれ、大きな爆発音と同時に白い煙が上がった。会場には焦げ臭いにおいが漂い、逃げようとする聴衆らの悲鳴で騒然となった。
和歌山県警は、その場で取り押さえられた兵庫県川西市に住む24歳の男の容疑者を威力業務妨害の疑いで逮捕した。
爆発物の仕様は判明していない。状況によっては、首相のみならず多くの人が巻き込まれ、大惨事になった恐れもあったのではないか。
補選は衆院和歌山1区のほか、衆院と参院の4選挙区で実施、統一地方選の後半戦も行われている。いずれも23日に投開票を迎える。
事件後、首相はJR和歌山駅前で街頭演説を再開した。だが被害の程度によっては、与野党問わず有権者に直接訴える機会が制約されることなどで、選挙運動や投票行動に多大な影響を与える可能性があった。
選挙は有権者の意思に基づく民主主義実現の土台だ。その意義を壊しかねない今回の事件は、容疑者にいかなる理由があっても認められるものではない。与野党から非難の声が上がったのは当然だ。
首相は「大切な選挙をやり通さなければならない」、立憲民主党の泉健太代表は「民主主義のためひるまず、堂々と訴え続ける」と決意を語った。政治リーダーとして必要な姿勢ではあるが、前提となるのは、選挙運動と両立する警護体制の構築だろう。
警察庁は安倍氏の銃撃事件を受け、昨年8月、警護の検証・見直し結果の報告書を公表した。警護担当者を適切に配置していれば事件を阻止できたと指摘し、警護計画の事前審査など警察庁の都道府県警への関与強化を改善策に挙げた。
その方針に従って和歌山県警が策定した今回の警護計画について、警察庁は事前審査していた。では、なぜ首相や聴衆の近くで爆発は起きたのか。選挙運動中の政治家や候補者が厳格な警護を嫌がる風潮はなお残る。それでも警察側の責任は大きい。5月に先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)を控え、関連の閣僚会合が始まっている中で、警護体制の早急な再チェックは欠かせない。
一方で、容疑者の動機解明も重要だ。安倍氏の銃撃事件で起訴された被告は、母親による世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への多額献金で家庭崩壊し、教団との関係があった安倍氏に恨みを募らせたとされる。
犯行に至る経緯が分かれば、再発防止や有効な警護計画立案にもつながろう。