桜を楽しむお年寄りたち75歳以上の公的医療保険料を引き上げる改正健康保険法などが成立した=4月、大阪市
桜を楽しむお年寄りたち75歳以上の公的医療保険料を引き上げる改正健康保険法などが成立した=4月、大阪市

 75歳以上の公的医療保険料を引き上げる改正健康保険法などが成立した。年齢にかかわらず経済力に応じて支え合う全世代型社会保障の一環だ。高齢化で膨らむ医療費に充てるほか「出産育児一時金」の財源に回す。

 高齢者世帯は物価高、公的年金目減りで既に苦しい。医療負担増は厳しい追い打ちだ。ただ国民や企業が所得の中から払っている税と社会保険料の割合である国民負担率は約50%だ。高齢者を支える現役世代の負担は限界に近い。人口が細りゆく将来世代の暮らしは、さらに心配だ。子や孫たちの未来を支えていくには、所得と資産で比較的余裕のある高齢者に応能負担を求める方向はやむを得まい。

 75歳以上が加入する後期高齢者医療制度の医療費は約17兆7千億円(窓口負担を除く)に上る。財源は、公費と加入者が払う保険料以外の4割が現役世代からの支援金。その負担が重くなり、大企業の社員が入る健康保険組合でも8割は赤字だ。

 負担緩和のため改正法は、年金収入が一定以上の人の保険料を2024年度から段階的に上げる。対象は75歳以上の4割。年金収入が年200万円なら、25年度に保険料が年3900円増える。

 後期高齢者医療制度は開始以降に現役世代の財政負担が7割増えたが、高齢者は2割増だ。50年後は働き手の15~64歳が今より約3千万人減る一方、65歳以上は人口の4割まで占めるようになる。現役世代に頼る負担の在り方ではもう続かない。

 子どもを産んだ人へ全国一律で支給する「出産育児一時金」は4月、42万円から50万円に増額された。主な財源は、現役世代が加入する公的医療保険だ。これを「出産・子育てを全世代で支える」として、24年度からは75歳以上の保険料も財源に充てることになった。

 岸田文雄首相が掲げる「異次元の少子化対策」の目玉として趣旨は理解できる。気になるのは、政府が26年度をめどに「出産費用の公的保険適用」の検討も表明したことだ。同じ出産費用支援でも一時金と保険適用では方向性が大きく異なる。

 正常分娩(ぶんべん)は保険が利かず各医療機関が価格を決めている。21年度の公的病院の平均出産費用は、最高の東京都が約56万5千円で、最低の鳥取県より20万円以上高い。全国平均は約45万5千円だが、「自由診療」を前提に一時金を増額すれば、そのたびに値上げで「いたちごっこ」になりがちだ。

 「公定価格」を決めて保険適用すれば、医療機関が自由に値上げすることはできなくなる。問題は公定価格の決め方が容易ではないことだ。地方の水準に合わせれば、都市部の医療機関は経営難になる。逆に都市部を基準にすれば医療保険財政への負荷が大きい。しかも首相は保険適用で生じる原則3割の窓口負担も実質ゼロにする考えを示してるが、肝心のその財源は見えていない。

 政策上の矛盾をどう整理するのか。財源はどこに求めるのか。こうした土台部分の議論抜きで、サービスの充実ばかりをアピールするのでは、国民は負担増を課されても納得して応じられない。政府は少子化対策の財源として医療保険を軸に社会保険料への上乗せ徴収をさらに検討する。現役世代のみならず、今は経済的余裕がある高齢者にも当然限界はある。負担増の前に、削れる給付を極力削る努力も必要だ。