トップリーダーを傍らで補佐し、支えていくという自覚が抜け落ち、公私の区別も付けられない非常識な振る舞いだ。更迭されるのは当然で、むしろ遅きに失したと言われても仕方あるまい。
岸田文雄首相が、長男で政務担当秘書官を務める翔太郎氏を辞職させる意向を表明した。長男は昨年末に首相公邸で親族と忘年会を開き、公的スペースの赤じゅうたんの敷かれた階段や、演説台で記念撮影をしていたことが週刊文春で報じられた。
発覚直後、首相は厳重注意にとどめ、野党の更迭要求を拒んでいた。しかし、世論の風当たりに加え、与党内からも「身内に甘い」などの声が上がり、首相も「公的立場にある政務秘書官として不適切であり、けじめをつける」と、職を解かざるを得ない状況に追い込まれた形だ。岸田政権における首相秘書官の更迭は、性的少数者への差別発言をした荒井勝喜氏に続き2人目となる。
翔太郎氏は今年1月にも、岸田首相の欧米歴訪同行中に公用車で観光地を回ったり、土産を購入したりしたと週刊誌に報道され、国会で追及を受けた。名所巡りは対外発信用の写真撮影と釈明したものの、どこかに掲載された形跡はないとされ、説得力に乏しい。
一連の軽率な行動から浮かび上がるのは、政治家一家で育った〝特権意識〟と、「慢心・おごり」と称してもいい甘えの構造ではないか。忘年会には岸田首相も顔を出し、あいさつしており、不適切な行為を黙認していたのではないか、との疑念も生じかねず、首相自身の公私の感覚も問われている。
そもそも、特別職国家公務員である秘書官への長男の登用には当初から与党内でも疑問視する向きがあった。野党の批判に対し「適材適所で総合的な判断」と突っぱねたが、政治家の後を継がせるために経験を積ませるのが狙いとみられていた。それだけに、首相の任命責任は極めて重い。
公邸は隣接する首相官邸と並ぶ、いわば「権力の館」。首相らが日々の生活を送る私的な空間もあるが、海外要人をもてなす場として利用されるほか、昨年8月の内閣改造の際には新閣僚の撮影も行われた。公費で維持・管理されており、厳重なセキュリティー下に置かれている。親族とはいえ、部外者を邸内に招き、奔放な行動を許した不用意さに、危機管理上の疑義も拭えない。
今回の問題は、政治家の世襲について議論を巻き起こすだろう。岸信夫前防衛相の辞職に伴う4月の衆院山口2区補選では、長男が当選を果たしたものの、父親が7万7千票差で大勝した2021年衆院選とは対照的に、野党系候補に5700票差に詰め寄られた。自民王国の山口ですら、有権者が世襲に厳しい視線を浴びせている実態が鮮明になった。
岸田首相は「当然、任命責任は私自身にある。重く受け止める」と述べ、課題にまい進することで職責を果たすと強調する。だが、最初の不祥事表面化の際に擁護した判断は、明らかに甘かった。安倍政権でも公私混同が度々指摘されており、そこから何も学ばなかったのか。保持する権力が大きいゆえに、首相の政権運営には自制と謙虚さが不可欠だ。政治不信をもたらした事態を猛省しなければならない。