松江市浜乃木8丁目にある松江商業高校で6月22日、1年ぶりに食堂が復活した。1985年に同校は現在の場所に移設され、食堂も同時期に設置された。食堂は40年近く、育ち盛りの高校生たちの胃袋を満たしてきたが、新型コロナウイルス禍や物価高騰、生徒数の減少を受け、運営事業者が昨年5月に撤退。学食の復活を求める生徒の要望が教職員を動かし、奔走の末に新たな運営事業者が決まった。「食堂復活」の一日に密着した。(Sデジ編集部・林李奈)
【関連記事】宮城の公立高、食堂や売店の撤退相次ぐ 生徒は食べ盛り「温かいご飯物食べたい」<河北新報> 島根県内の現状は?

午後1時50分、4限の終わりを告げるチャイムが鳴ると、突如校内が騒々しくなった。食堂で待っていると、腹をすかせた生徒たちが早足で向かってきた。食券を握りしめた生徒たちが続々と列を作っていく。あっという間に30人以上の生徒が列をなした。食券は前売り券を休み時間に購入し並んでいる生徒や当日注文している生徒がいた。

厨房は一気に熱を帯びた。従業員5人は調理や配膳に忙しそうだ。様子を見守っていた坂根博行教頭も「こんなに生徒が押し寄せるなんて」と想定外の利用者数に驚きが隠せなかった。利用人数の多さは食堂に向ける期待の大きさを表していた。

1年ぶりに食堂を利用した3年生の角春乃さん(18)は「食堂が無くなって友達同士で寂しいと話していた。また食堂で食事できて嬉しい、これからも利用したい」と話した。
注文したのは、牛すじカレー。「ゆで卵が付いていてうれしい、辛めのカレーでおいしかった」と満足そうに話した。

初めて食堂を利用する1年生の伊藤美陽さん(15)は「いままで学食を利用したことがなかったので、楽しみにしている」と期待しながら列に並んでいた。同校のお昼休みは、午後0時50分から1時半まで。40分間の休み時間に、約80席の席がほぼ埋まり、60人以上の生徒が利用した。弁当を持ち込んでいる生徒もいた。
記者も高校生に戻ったつもりで食堂を利用したかったが「完売状態」だった。生徒たちはおいしそうに食堂でカレーやうどんを食べて昼休みを楽しんでいた。

新しく食堂を運営するのは、高校に近い松江市浜乃木2丁目で喫茶店やコーヒー豆の販売をする「LA珈琲」。店長の牧野和夫さん(71)は、「生徒に作りたてのおいしくて安い食事を提供したい、ライバルはコンビニです」と意気込む。現在は試験的に6種類のメニューを提供している。メニューには日替わりランチが500円、牛すじカレーが420円、牛丼が480円、豚汁100円と学食らしいリーズナブルな品が並ぶ。仕事に慣れたら、自慢のコーヒーや品数を増やして提供したいという。

LA珈琲が入るまでには、教職員や生徒の努力があった。坂根博行教頭は「生徒の栄養も考え、学食は学校にとって無くてはならないもの」と業者が撤退することが決まった頃から、次の食堂の運営者を探していた。「学食ロス」は生徒の間に広がり、当時の3年生が「松商お昼事情を救え!!」と題したプロジェクトを立ち上げ、学食再開の可能性を探ったり、弁当を注文できるシステムの導入を目指したりした。在校生にとって食堂はそれだけ重要な位置を占めてきた。
生徒の熱意に教員も動いた。2022年の秋ごろ、同校の教員の1人が牧野さんの店に客として訪れ、学食運営を打診した。牧野さんは、松江市大庭町の宿泊ができる多目的施設「青少年館」で不定期に食堂を運営していた経験があった。牧野さんは「依頼があったときは学食を引き継ぐことをしばらく考えた。高校生の昼食をサポートするやりがいを感じ、自分たちなら運営できると考え学食を引き継ぐことを決めた。自分が元気なうちは食堂を続けていきたい」と話した。

雲南市出身の記者の母校には食堂は無く、地元のパンの自動販売機があるだけだった。しかし、現在は自販機すらなくなってしまった。部活や勉強で忙しい高校生にとって「食」は学校生活の中で大きな関心事。学校に食堂があることはそれだけで魅力的だ。しかし、それ以上にうれしそうに食事を囲み、仲間と語らっている生徒たちの姿を見ると、単なる食堂以上の意味を感じ、羨ましくて仕方なかった。ここで食べた味、仲間と語り合ったことは「青春の1ページ」として刻まれていくだろう。
一方、人件費や物価高の影響下で継続的に運営するのは難しくなり、全国ではコロナ禍を機に姿を消す学食は少なくない。同校では、生徒や教員の熱意、そして牧野さんの心意気によって窮地から救われた。ビバ!学食、同校の生徒にはそのありがたみを忘れず、これからも学食で楽しい時間を過ごしてほしい。