手本を見せる森欣空さん(右)。隠岐の島町内の子どもたちに指導する日々だ=6月、島根県隠岐の島町西町・隠岐島文化会館
手本を見せる森欣空さん(右)。隠岐の島町内の子どもたちに指導する日々だ=6月、島根県隠岐の島町西町・隠岐島文化会館

 昔から子どもたちに親しまれてきた「けん玉」は今や、スポーツとして世界に普及し、世界大会が開催されるほど人気だ。日本海に浮かぶ隠岐諸島でも、「けん玉」に熱視線が注がれている。きっかけは2人の高校生の存在。前編では、自ら教室を開き、島の子どもたちにボランティアで教える隠岐水産高2年の森欣空(きんぐ)さん(17)=三重県出身=の取り組みを紹介する。(Sデジ編集部・鹿島波子)

 

▽小学生が半年で初段


 「おー、いいじゃんナイス」。隠岐の島町の玄関、西郷港からほど近い隠岐島文化会館の娯楽室で、森さんが小学生のけん玉技を見ながら声を掛けた。コン、カチャッと木の音が響く室内では毎月、ボランティアで「OKIけん玉ひろば」を開いている。

ボランティアで毎月開催する教室「OKIけん玉ひろば」の看板=隠岐の島町西町・隠岐島文化会館

 森さんは、日本けん玉協会の2級指導員。資格を取得した昨年12年から教室を始め、参加者は小学生1人と中学生2人、高校生1人の4人。その他、随時入れ替わりで子どもたちが訪れる。

 10級から始まるけん玉検定では、教室を始めて半年で、既に初段を2人輩出。毎月3時間の教室の前半は技術指導、後半は森さん自ら特例指導員として検定の判定を行う。

特例指導員として、けん玉検定の判定を行う森欣空さん=6月、隠岐の島町西町・隠岐島文化会館

 けん玉の世界では、小学生プロも誕生するほど若年層のレベルが高く、初段獲得の1人は小学生で、五箇小6年の小川和希君(11)だ。現在は2段を目指して猛特訓中。森さんも小川君の指導には特に熱が入る。玉の方を持って、玉を突き刺す「けん先」を縦回転させながら入れる「飛行機」「はねけん」の連続技では、玉が付いていない軸だけを手渡し「これでけん先を指でつかんでみて」と基本動作から丁寧に指導した。玉に入れる時の角度や高さなど、細かい感覚を手本で見せると、小川君は「すごく分かりやすい」と目を輝かせ、今やゲームをする時間が減ってけん玉に夢中だという。

◆けん玉教室で指導する様子。パフォーマンスも

 

▽「島で教室したい」


 三重県桑名市出身の森さんがけん玉に出会ったのは、小学4年の学童クラブの時間。当時はすぐ飽きたが、中学で入った部活動が暇で、思い出したようにやってみると意外にできたことで再開。小学校の時の先輩が入っていたけん玉教室に通い始め、中学1年のうちに3段まで取得した。

 中学3年で4段まで取得。昨年、高校進学で祖母のいる隠岐の島町に来た。普段からけん玉を持ち歩き、たまたま島内でちびっこ相撲大会を見学していた時、空き時間に1人でけん玉をしていると、子どもたちがわっと群がる出来事があった。その後、島内のイベントで体験ブースを出店して再び盛り上がったことをきっかけに「島で教室をしてみたい」との思いが湧き上がり、教室を開くことを決めた。

◆5月にあったしげさパレードの三味線に合わせてけん玉をし、勝手に路上パフォーマンス状態になった森さんの動画

 

▽技術磨き、世界レベル目指す


 教室を開いて良かったと思うのは子どもたちの成長だ。めきめきと腕を付ける姿に「今は教えているけど、すぐ抜かれそうだな」と笑う。もちろん、自身の技術も磨き続ける。今年3月にはオンラインで800人が参加した「全国統一けん玉力測定会」10トリック部門で男性年齢別2位、全体で32位に入った。7月には広島県廿日市市である「けん玉ワールドカップ」で世界を相手にさらなる高みを目指すつもりだ。

けん玉が詰め込まれた森さん私物のケース。中央には「ミッスーモデル」も。50~60本は持っているが、少ない方だという

 実は隠岐諸島には、憧れの存在がいる。海士町の隠岐島前高校に通う中尾美澄さん(18)だ。大阪市出身で1学年上。「ミッスー」の愛称でプロとしても活動している。進学先に隠岐諸島を選んだのも彼女の存在が大きかった。中学3年で自身初のワールドカップ出場を経験し、けん玉に本気で向き合おうと決意した時、購入したのが、ミッスーがデザインした「ミッスーモデル」だった。島内で会った時も「ミッスー」から的確なアドバイスをもらい、「指導方法の参考にもなった」と尊敬のまなざしを向ける。

◆世界チャンピオンのミッスーと初のコラボでパフォーマンスを披露した時のノーカット映像=2023年3月26日、隠岐の島町

 

▽離れても指導者で


 現在は公民館や学童などで講師として呼ばれることが増え、島内での裾野の広がりを感じる。高校では柔道部に入っているが、週の半分程度しか通えないことを受け入れてもらい、けん玉に力を注ぐ。8月6日に浜田市である島根県けん玉道選手権大会では、選手だけでなく審判も務める予定。指導していた子どもたちも2人、選手として初参戦することになり、自身も含め3人全員優勝を狙っていく。

 今後は、大学に進学する予定で、一度隠岐の島町を離れるが、既にオンラインでのけん玉教室も経験済みで、指導を続けるつもりだ。自然が好きなことから、将来は隠岐諸島で山の保全やジオパーク関係業務に携わることが夢。「けん玉で隠岐の島を盛り上げたい」。けん玉の普及活動も、もちろん続けるつもりだ。

けん玉技を指導する森さん。隠岐をけん玉で盛り上げたい気持ちであふれる=6月、隠岐の島町西町・隠岐島文化会館


<後編では、世界チャンピオンでプロプレイヤーの隠岐島前高3年・中尾美澄さんを紹介>