安倍晋三元首相が参院選の応援演説中に銃撃され、不慮の死を遂げてから1年。改めて哀悼の意を表するとともに、何人も保障されるべき言論の自由を守る決意を新たにしたい。
同時に思い起こすべきは、銃撃事件をきっかけに発覚した世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と安倍氏ら自民党議員の不明朗な関係である。党総裁の岸田文雄首相は批判を受けて教団との関係断絶を宣言したが、真相解明には後ろ向きだ。旧統一教会問題への対応を一過性のものにしないためにも、疑惑を風化させてはいけない。
事件は、参院選投開票2日前の昨年7月8日、奈良市内で発生。街頭演説していた安倍氏を、山上徹也被告が手製の銃で撃ち、殺害したとして殺人罪などで起訴された。
捜査関係者によると、山上被告は、母親が旧統一教会に入信し、総額で約1億円に上る献金をしたため「家庭が崩壊した」と供述。「(韓国から)教団を日本に招き入れたのは岸信介元首相。だから(孫の)安倍氏を殺した」と主張している。
安倍氏自身も教団の友好団体が2021年9月に開いたイベントへのビデオメッセージで、教団総裁をたたえていた。その様子を山上被告がインターネットで視聴したことで、安倍氏への恨みを募らせた可能性がある。ただ、いかなる理由があろうとも、山上被告の行為は断じて容認できない。安倍氏に限らず、言動が気に入らないからといって、暴力で抑え込んでいたら、民主主義社会は成り立たないからだ。
一方で、山上被告ら宗教2世も苦しめた教団の多額の献金集めは、以前から問題視されていた。にもかかわらず、安倍氏が教団の権威付けに一役買う形になったのはなぜか。
安倍氏には、参院選で教団票を差配し、一部議員の当落選を左右したとの指摘もある。その過程で、自民党の政策が教団の影響を受けたのではないかとの疑念は今もくすぶる。経緯に不透明さが残る旧統一教会の名称変更は安倍政権時だった。
三権の長クラスでは、自民党出身の細田博之衆院議長(79)=島根1区、11期=が19年10月、教団関連の会議であいさつし、同会議を「大変意義が深い」と称賛。当時首相だった安倍氏に「内容を報告したい」と、おもねるような発言をしていた。
細田氏は、教団との接点を認めたが、国会や記者会見での詳細な説明は拒否している。これでは世間の不信感を払拭することはできないだろう。
自民党は事件後、国会議員を対象に教団とのつながりを調査したが、自己申告形式にとどまり、安倍、細田両氏は対象外だった。安倍氏は死去していること、細田氏は自民党会派を離れた現職の衆院議長であることを理由に、岸田首相は党による調査を否定している。
しかし、安倍氏の場合、過去に教団票の割り振りを受けたとされる議員らからの聞き取りは可能だ。安倍氏と教団は「大昔から関係が深い」とも語った細田氏への調査も必須で、三権分立の原則に抵触はすまい。
銃撃事件を契機に不当寄付勧誘防止法が成立。岸田政権は教団の解散命令請求も視野に入れている。だが、同法の実効性を問う声もあり、これでよしとするわけにはいかない。被害者救済や再発防止の取り組みを前に進めるには、疑惑の封印を許さない姿勢が求められよう。