パリ郊外で警察官が17歳の移民系の少年を射殺した事件を巡り、フランス全土に怒りの抗議が広まっている。一部は警察署や車に火を放つなど暴動に発展し、事件発生から1週間以上、この国を揺るがせている。
端緒となった事件の映像が、交流サイト(SNS)で拡散している。交通検問中の警官2人が、停止命令を無視して車を発進させた少年へ、窓越しにいきなり発砲。車は数十メートル進んだ先で道路脇に乗り上げて止まり、少年は間もなく死亡した。
報道によると、少年は無免許運転だった。マクロン大統領は「少年を死なせたことは、全く正当化できない」と警察を非難。メディアは、2017年の法改正で警官の発砲規則を緩和したことが背景にあると批判した。昨年、交通検問中の警官の発砲による死者は過去最悪の13人だった。
警官の発砲規則を厳格化することは、もちろん必要だ。だがそれだけでは根本的解決にはならない。問題は少年がなぜ警察から逃れようとしたのか、その真の理由だ。
05年、やはりパリ郊外で少年2人が変電施設で感電死した。たまたま出くわした警官が、自分たちを追っていると思い込み、危険な変電施設へ逃げ込んで事故に遭った。2人とも犯罪に関与していたわけではなかった。このときも、警察に反発する若者らがフランス全土で暴動を起こし、商店や車に放火した。政府は非常事態を宣言して鎮圧に追われた。
二つの事件の共通点は、低所得者層が暮らす大都市郊外が舞台になっている点だ。さらに死亡した少年らはいずれも移民系で、日常的に警官から誰何(すいか)を受けるなど、警察との間に鋭い緊張を抱えていたとみられている。
大都市郊外の問題に詳しいパリ第8大学のファビアン・トリュオン教授は「(移民の)若者は『何をしているか』ではなく、『何者か』との理由で監視される。警官を恐れる気持ちが、とても強い」と指摘する。
少年が車を発進させた背景には、無免許の発覚を免れる以外に、警察への本能的恐怖があった。暴動が全土に波及したのも、同様の経験をした少年らが「射殺された少年は、自分だったかもしれない」と同情し、怒りを増幅させたからだろう。
フランスでは、パリなど大都市郊外における貧困や差別、失業、治安などの問題を「郊外の問題」と総称する。
15年の風刺週刊紙襲撃事件や、パリ同時テロの容疑者が生まれ育ち、潜伏したのもパリ郊外だった。一般の市民からも「難しい地域」と見られがちで、警察からは日常的に取り締まり対象の扱いを受け、住民は尊厳を傷つけられてきた。
「郊外の問題」は30年以上前から存在を指摘されながら、十分な解決が図られなかった。今回の暴動が収まったとしても、政府がこの問題に本腰を入れて地域の緊張を解かない限り、何かのきっかけで再び暴力が噴き出すことになろう。
今回の暴動を予言したような映画がある。19年のカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した「レ・ミゼラブル」だ。ラスト近く、警官から理不尽な扱いを受けた少年たちが反乱を起こし、警官を巻き添えにガソリンの瓶を爆発させようとする。映画はここで突然終わるが、彼らが抱える痛みと怒りを決して侮ってはならない。