ウクライナ・リビウ州での小麦の収穫=2022年8月(ゲッティ=共同)
ウクライナ・リビウ州での小麦の収穫=2022年8月(ゲッティ=共同)

 ウクライナに侵攻しているロシアが、黒海を通じてウクライナ産穀物を輸出する合意から離脱した。有数の穀物輸出国であるウクライナからの輸出が止まれば世界的に穀物供給が滞り、食品価格が高騰する食料危機を招きかねない。

 軍事侵攻で行き詰まるロシアは、戦術核兵器使用をちらつかせる「核のどう喝」で世界を揺さぶる一方で「食のどう喝」も繰り出してきた。ウクライナ産穀物の輸出は世界の食料安全保障に大きく貢献している。どう喝は許されない。輸出を堅持することが重要だ。

 問題の根源は、ロシア軍が、穀物の積み出し港であるウクライナ南部、黒海の港湾都市オデッサを攻撃、封鎖し、穀物輸出を妨害したことにある。トルコと国連の仲介でロシアが民間貨物船の安全航行を保証する合意が成立、昨年8月に穀物輸出が再開された。

 今回のロシア離脱で、ウクライナ産穀物の積み出しや、輸送船舶の航行が再び妨害される恐れが出てきた。ロシアがこのタイミングで合意離脱を仕掛けてきた背景には、侵攻したウクライナでの戦況が芳しくない事情がある。ウクライナ軍が反転攻勢に転じ、ロシア軍は防戦を迫られている。

 民間軍事会社ワグネルの反乱や、プーチン大統領の肝いりで建設されたウクライナ南部クリミア半島とロシア本土を結ぶクリミア橋が攻撃されるなどロシア側の混乱が続く中で、穀物輸出合意からの離脱という強硬措置により、ウクライナと支援する米欧諸国の揺さぶりに出たのは明らかだ。

 ロシアは合意当初から、自国に対する米欧諸国の金融制裁に抜け穴をつくることを狙っていた。ロシアは穀物輸出に関して国連との間で合意した「ロシア産の食料と肥料の国際市場への輸出促進」に関する覚書を根拠に農産物輸出に関わる制裁の緩和を要求。

 特に国際的な制裁下にあるロシア農業銀行を、国際決済のネットワーク「国際銀行間通信協会(SWIFT)」に復帰させるよう求めている。国際金融網から排除されたロシアは、同行を利用して金融制裁を骨抜きにしようとしており、これに安易に応じてはならない。

 「欧州の穀倉」と呼ばれるウクライナは、輸出合意により約1年間で小麦やトウモロコシなど計約3300万トンを輸出した。国連機関によると、ロシアのウクライナ侵攻後に過去最高値に跳ね上がった食料価格指数は、侵攻前より低い水準まで低下している。昨年、アフリカ諸国などに対する食料援助用の小麦の半数超はウクライナから調達されたという。

 世界的な食料危機を回避するためには、ロシアの合意復帰により、ウクライナ産穀物の輸出が継続されることが最も望ましい。合意成立に尽力したトルコのエルドアン大統領は、良好な関係にあるロシアのプーチン氏と直接会談し、合意への復帰を働きかける考えを表明しており、エルドアン氏の手腕が期待される。一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシア抜きでも、トルコ、国連と協力して穀物輸出を継続する構えだが、ロシア軍の妨害を克服する方法は見えておらず、「ロシア抜き」は現実的ではない。

 双方が受け入れ可能な妥協を模索した上で輸出合意を維持し、ウクライナ産穀物の輸出再開にこぎ着けることが必要だ。