全国2位の生鮮クロマグロ水揚げ量を誇る境漁港(境港市昭和町)で19日、今シーズンのクロマグロ漁が終了した。今年の初水揚げは5月25日で、クロマグロ漁が本格化した1982年以降で最も早く、水揚げ量は、豊漁だった前年を2・2%上回る1098・8トンだった。追い風となっているのが、昨年から認められている漁獲枠の拡大。拡大の根拠となったのが、資源量の回復を示すデータだが、実は境漁港が収集に大きな役割を果たしていた。
(米子総局報道部・中村和磨)

クロマグロは日本周辺をはじめ太平洋に広く分布する回遊魚で、日本やメキシコ、台湾など多くの国と地域で漁獲される。「本マグロ」の名前で提供され、すしや刺身の高級食材として利用される。回転すし店で提供されることの多いメバチマグロやキハダマグロと比べ、肉の色が濃い赤色で味も濃厚とされている。近年は、国際的に資源量の減少が問題視され、2015年に、関係国が2年ごとの会合で漁獲枠を取り決めることになった。


資源量が急速に回復
日本海のクロマグロ漁は中西部太平洋まぐろ類委員会が管理する。中西部太平洋の資源量は2010年に約1・0万トンと歴史的な最低水準を記録した。これを受け、漁獲枠は24年までに、平均値の約4・1万トンまで回復させることを目標にシミュレーションし、決められた。基礎となるのが、尾叉長、体重、年齢などから導出する親魚や幼魚の資源量だ。

20年の調査では、平均値を上回る約6・5万トンまで急速に回復し、当初の目標を4年繰り上げて達成。次の目標に掲げられた約13万トンも、23年の達成が見込まれるとして、4882トンに制限されていた日本の漁獲枠は、21年に拡大が認められ、翌年から約15%増の5614トンに引き上げられた。
実は、資源量回復を裏付けるデータを導き出した魚体測定数で、境漁港は、国内で圧倒的にトップに立つ。すし店で国産マグロが食べやすくなることに大きく貢献していた訳だが、残念ながら一般には知られていない。人知れずその収集を担うのが、鳥取県水産試験場(境港市竹内団地)の職員だ。

最前線で調査に取り組む石原幸雄場長(53)は「年間の魚体測定数は日本の研究機関の中では一番」と胸を張る。試験場は国からの受託研究として、尾叉長(びさちょう)(口の先から尾びれの割れ目までの長さ)と体重の測定、内臓サンプルの採集をする。内臓サンプルのうち、消化管は餌の分析、卵巣や精巣は性成熟の分析に使う。
「耳石」とは
さらに年齢を調べるには、「耳石(じせき)」という頭部の眼球付近にある器官を集める。成長に伴って大きくなり、木の年輪のように年1本形成される輪紋を見ることで、年齢が推定できるという。耳石は解体しないと調べられないため、測定した個体に札を付け、購入者に耳石のある頭部を送付するよう協力を呼びかけ、送ってもらった頭部から耳石を取り出して調べる。回収率は10~15%程度で、調査には、周囲の理解と協力も必要になる。

鳥取県試験場が収集しているデータの中で、尾叉長の測定数は、22年が約9400個体で全体の26.3%。調査を主導する水産研究・教育機構(横浜市)によると、水揚げ量が国内最多の塩釜漁港を抱える宮城県での測定数は約6700個体で、境漁港の測定数が際立って多い。
オール境港の協力体制
これほど多くの個体を測定できるのはなぜか。境漁港での水揚げ量全体が多いことに加え、夏場の漁港をクロマグロが支えていることが背景にある。

農林水産省が22年12月に公表した21年度水産物流通調査確報によると、境漁港での魚種別の水揚げ高は多い順に、ズワイガニ、ベニズワイガニ、ブリ類、マイワシ、サバ類、クロマグロで、このうち夏に旬を迎えるのはクロマグロとマイワシのみ。他の魚種の旬は冬から春に偏っている。境港水産振興協会の江尻敏美専務理事(72)は「消費者だけでなく、荷受けや仲買人など、漁港関係者に対しても、クロマグロは大きな影響力がある。関係者は測定する試験場職員を温かい目で見守っている」と話す。夏場の魚種が豊富な他の港よりも、クロマグロにかける「熱量」が高く、”オール境港”での協力体制が構築できていることも、調査数の多さを支えている。
データの重要性は今後さらに増していく。水産庁は今年7月7日、25年にクロマグロの新たな管理方式の策定することを目指し、協議を続けることを関係各国と確認した。新方式は、継続的に入手されるデータを基に漁獲枠を自動的に決定するもので、従来の2年に1度見直す方式よりも、長期的で安定した管理が可能という。前提となるのが、正確で説得力のあるデータだ。
試験場浮魚資源室の前田啓助室長(51)は「親魚資源は健全な状況に向かっている」と、境漁港で計測したデータを用いた資源管理の成果を話す。江尻専務理事も「資源量が増えている実感がある。いくらでも獲れるという漁師の声も多数届いている」と手応えを感じ、今後ともデータ採取への協力を惜しまない姿勢をみせる。

日本の食文化を代表する刺身やすし。その食材の中でも王様とも言われるクロマグロの持続的な利用は、試験場職員の奮闘に支えられている。「乱獲」との批判にさらされたこともあった境漁港のクロマグロだが、データの力で、それを覆しつつある。表に出ることの少ない取り組みにスポットライトを当て、広く全国にこの港のすごさを知らせたい。
記者プロフィル なかむら・かずま
2023年4月に入社し、米子総局報道部で勤務する新人記者。普段は鳥取県西部の事件・事故や、大山・南部の話題を担当する。幼い頃から水生生物を見たり食べたりするのが好きで、島根大学大学院で水産養殖の手法について研究していた。好きな生き物はアオリイカ、すしネタはエビ推し。今年の目標は部屋の片付けと減量。24歳