新型コロナウイルス禍に全日本空輸(ANA)の客室乗務員(CA)が鳥取県に移住し「二刀流」生活を送っている。県とANAで取り組むプロジェクトの一環で、CAの傍らテレビ局など地元企業に勤務。本業に生かせるスキルを身につけ、成長につなげようと高い意識で取り組むCAたちを追った。
(鳥取総局報道部・岸本久瑠人)

CAが地方移住と兼業で地方創生に取り組む全国初のプロジェクトで、2021年6月に始まった。同じ年の12月に最初の1人が鳥取市に移住し、兼業で県庁に勤務した。以来、22年度末までに10人が移住し、テレビ局やIT企業、観光協会などで働いた。現在は4人が移住生活を続けている。
【CA+テレビ局】 中井花江さん
「こんにちは、7月13日のまちネタです」
落ち着いた声で、ニュースを読み上げるアナウンサーは、中井花江さん(26)。22年春に都内から移住し、県東中部でケーブルテレビを放送する日本海ケーブルネットワーク(NCN、鳥取市富安2丁目)で勤務している。

ANAとNCNでの勤務は、毎月10日程度でほぼ同じ。ANA勤務の日は、鳥取空港から羽田空港に移動して身支度。業務に従事し、終業後は鳥取空港まで飛行機を使い、鳥取市内の自宅に帰る。往復の移動距離は1000キロを超える。

NCNで勤務の日は、アナウンサーとしてニュース番組に出演するほか、現場での取材や撮影、動画編集も担う。
兼業の経験は本業で早速生きた。現場で様々な人に話を聞く取材を重ねたことで、CAでも、乗客に積極的に話しかけてニーズをつかめるようになってきたという。乗客が誕生日と分かればスイーツプレートにメッセージカードを添えて喜ばれた経験は自信になった。「乗ってよかった」と感じてもらうため、これからも機内でのコミュニケーションに一層力を入れていく考えだ。
当初は1年の予定だったが「他のCAとは違う武器を持ちたい」という思いから兼業を延長した。取材、原稿執筆からアナウンスまで一人でこなせるようになれば、大きな武器になる。「ニュース番組を作れるCA。他にはいないと思う」と向上心を胸に、遠く離れた二つの職場を行き来する。
【鳥取県庁に出向】真下あずみさん
東京都出身の真下あずみさん(27)は移住2年目。「人生に一度は海の近くに住んでみたい」と応募し、移住先には、雄大な日本海に面した岩美町を選んだ。

本年度から県庁に出向することになり、県観光戦略課と国際観光誘客課を兼務。県内のキャンプ場情報をまとめるサイトのリニューアル作業を任せられたり、観光戦略課のツイッターアカウントに日常生活で気づいたことを投稿したりして、鳥取県の魅力を全国に発信している。食べ物やスポットを紹介した投稿には「いいね」が集まる。
1年目の22年度は、鳥取市鹿野町のまちづくり会社「ふるさと鹿野」で兼業した。特産のそば粉を使ったガレットを提案したり、留学生と子どもたちが英語で交流するイベントも企画したりし、好評を博した。
この体験から「何でも挑戦し、行動してみようと思うようになった」と積極性が増した。「東京に住んでいたらできなかった経験」と移住を選んだことに後悔はない。移動手段は地下鉄から車に変わり、気軽に海や山などの自然に触れる機会が増えた。「人生が何十倍も豊かになった」。鳥取生活を満喫している。
【記者の目】
兼業での移住は、航空会社だからなせる面もあるだろう。ただ、兼業だけなら、仕組みをつくれば多様な業種で可能ではないか。紹介した2人のCAは、兼業での経験が、従来は無かったアイデアや個人の成長を引き出し、本業にも生かそうとしている。本業のスキルも兼業先で発揮しており、まさに双方の職場にメリットをもたらした。労働時間や賃金、生産性など導入には課題があるが、企業の飛躍につながる可能性を十分に秘めている。「特別」なことと考えるのはもう古いのかもしれない。
<記者プロフィル>
きしもと・くると 2018年4月に入社。編成局整理部、編集局地域報道部を経て、2020年3月から鳥取総局報道部。現在は鳥取県政を担当している。今後はANAを利用したい