JR木次線のスイッチバックを精巧に再現したジオラマ展示が東京都内で14日に始まった。漫画編集者の江上英樹さん(64)が製作し、沿線の雲南市や島根県奥出雲町で展示してきたが、県外では初めて。全国で赤字ローカル線の存廃議論が進む中、江上さんは「木次線の魅力に触れ、実際に心や足を運んでもらえたら」と、唯一無二の鉄道風景を未来に残すため、都会地からの機運醸成を狙う。
 (雲南支局・山本泰平)
 

 
都内の展示会の初日、のテープカットセレモニーに出席した(左から)雲南市の吉山治副市長、江上英樹さん、俳優・タレントの村井美樹さん、奥出雲町の石原耕司政策企画課長=東京都千代田区(江上英樹さん提供)

 江上さんは神奈川県出身で、大手出版社の小学館の元編集者。幼少期からの鉄道好きで、編集者時代には、鉄道漫画「鉄子の旅」や続編となる「新・鉄子の旅」を担当し「テツ編集長」として作品にも登場した。

都内の展示会で、ジオラマの解説をする江上英樹さん(奥)=東京都千代田区(江上英樹さん提供)

 木次線を初めて訪れたのは2010年11月。漫画の取材だったが、山を越えるスイッチバックのスケール感に圧倒され、虜(とりこ)になった。同じ島根県内を走っていた三江線が18年に廃止になるなど、全国的にローカル線が姿を消していく中、2022年5月「絶対に失うことがあってはならない」と「出雲坂根スイッチバックをなんとかするプロジェクト」を立ち上げた。

 同年6月からは奥出雲町内のアパートを借り、ジオラマ作りを始めた。1日3往復便しかない、アパート最寄りのJR出雲横田駅と三井野原駅の通勤定期を購入し、何度もスイッチバックに乗って、地形や風景を頭にたたき込んだ。
 

ジオラマ作りを進める江上英樹さん=2022年8月、島根県奥出雲町八川

 ジオラマは半年がかりで完成し、実物の150分の1スケールで縦90センチ、横360センチ。自ら測量してサイズ感を忠実に再現した。鉄道模型が走れるように配線をつなぎ、スイッチバックでは、列車が自動で引き返す仕組みにした。途中にあるスノーシェルターや信号、列車の進路を転換するポイントなども実物と同様に配置している。

江上さんが自ら測量したJR出雲坂根駅の駅舎と、ホームに停車するトロッコ列車・奥出雲おろち号

 22年秋に「鉄道マンガ展@奥出雲」と題して鉄の彫刻美術館で漫画展を開催し、製作途中のジオラマを披露すると、再現度の高さが、来場者の度肝を抜いた。その後もジオラマの改良を続け、12月に雲南市内であったイベントでは、江上さんが解説しながら、トロッコ列車・奥出雲おろち号などのミニチュア車両を走らせ、子どもから大人まで大勢が目を輝かせて見入った。
 

雲南市内のイベントに出展したジオラマに見入る来場者=2022年12月、雲南市木次町里方、チェリヴァホール

 ジオラマは、鉄道ファンの間で話題になり、首都圏での開催要望が多く寄せられたため、今回の展示が実現した。会場は都心にある東京都千代田区のTOBICHI東京。ジオラマのほか、木次線を扱った鉄道マンガや写真も展示し、そばやしょうゆなど地元の特産品も販売し、8月13日まで開催する。

 江上さんは、多くの来場者がジオラマを通し、木次線や沿線に興味を持つことで「『何とかなる』可能性は高まる」と、スイッチバックを未来につなげる重要な機会と位置付け、発信に全力投球を誓っている。

江上さんインタビュー 「『何とかなる』可能性は高まると思ってます」

 東京展の開催経緯や今後の活動について、江上さんに聞いた。一問一答は次の通り。

江上英樹さん(2022年6月撮影)

 ー東京展開催の経緯は?
 「昨年秋行った『鉄道マンガ展@奥出雲』は、非常に盛況な中で終えることができましたが、やはり奥出雲の地は首都圏からは遠く、『東京でやってほしい』との声が多く上がりました。そうした中で、コピーライターの糸井重里さんの会社が、このジオラマや試みに興味を持ってくださり、今回の展覧会を実現することができました」

 ーイベントの魅力は?
 「東京でのお披露目に合わせ、LEDによる色彩調光など、奥出雲での開催時よりバージョンアップがなされています。木次線関連のコミックスや書籍の販売、東京では入手困難な『トロッコ列車・奥出雲おろち号』グッズ類、奥出雲の特産品も販売します。漫画家の松本大洋氏の描き下ろしイラストを使ったグッズも販売します」

鉄道ファンらでにぎわう会場=東京都千代田区(江上英樹さん提供)

 -東京で開催することで木次線にどんな効果があると期待するか?
 「東京の数多くの方々にまずは木次線、奥出雲に興味を持っていただき、その魅力を感じ取っていただきたい。そして、できれば現地に遊びに来て、さらには継続的に関わりを持ってほしい。その結果、木次線や沿線が活性化されれば『何とかなる』可能性は高まると思ってます」

 -今後の活動は?
 「ジオラマを中心とした展覧会イベントは今後も生かしていきたいと思います。さらに現在、第3弾として進めているのは『木次線を応援するマンガ』です。そうやって、少しずつでも『なんとかなる』方向に持っていきたいです」

 東京展の詳細はこちら
 

<記者の目>
 一途に物事に取り組む人の熱量は周りの人を動かし、伝播した熱はどんどん勢いを増していく。記者が初めて江上さんを取材したのは、2022年6月。その年のうちに、沿線自治体や住民、各地の鉄道ファンを巻き込み、鉄道漫画展から木次線の活用策を議論するシンポジウム、地元のイベントへの出展などと取り組みの幅はどんどん広がっていった。

 江上さんが口にする「なんとかする、なんとかなる」と緩さを感じさせる言い回しもいい。東京でのイベントを通し、プロジェクトに関わる人はさらに増えるはずだ。赤字ローカル線の存廃議論が出る中、地域内外に木次線の魅力を伝え、明るい鉄道の話題を届け続けてほしい。

記者プロフィル

 

やまもと たいへい
 2022年4月に入社し、雲南支局で勤務し、記者2年目。これまで、イナゴの佃煮の実食レポマラソン体験記などをSデジに出稿し、体を張った取材が得意?な23歳。

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  山陰突撃取材は普段、地域や役所、警察署、法廷、野山などを駆け回り、取材している記者が、森羅万象をテーマに、旬な話題を掘り下げて詳しくリポートしていきます。