「年収の壁」対策などに関し説明する岸田首相=25日、首相官邸
「年収の壁」対策などに関し説明する岸田首相=25日、首相官邸

 主婦パートら短時間労働者が、社会保険料の負担を避けるため就業調整して働く時間を短くする「年収の壁」を巡り、岸田文雄首相は10月から順次対策を講じると表明した。最低賃金の引き上げもあってパート時給は上昇傾向。人手不足が加速すると経済界が政府に危機感を訴えていた。

 会社員や公務員の夫に扶養され、国民年金の第3号被保険者だった主婦パートも、月額賃金8万8千円(年収約106万円)以上、週労働時間20時間以上などの条件で働くと、厚生年金と健康保険に加入して自ら保険料を納めることになり、手取り収入が減る場合がある。

 そこで対策では、賃上げや労働時間延長に取り組んだ企業に対し、従業員1人当たり最大50万円を助成する。従業員の手取り減収分は助成によって穴埋めされ、「106万円の壁」を超えても手取りの逆転が起きなくなるという。

 だが、これは短時間労働者が本来負担すべき保険料を、国が実質的に肩代わりすることにほかならない。結局、短時間労働者に多い主婦パートの優遇策ではないか。真面目に保険料を納めてきた厚生年金加入者らは不公平と受け止めるだろう。負担に応じた給付という社会保険の原則からも逸脱している。

 助成金の財源を雇用保険に求めるのも気になる。保険料のうち事業主のみが負担する分を使うが、経済界全体の納得を得られているのだろうか。

 というのも、昨年10月に厚生年金と健康保険の適用対象を従業員101人以上の企業に拡大した際、経営努力で賃上げに踏みきり、雇用する短時間労働者に加入を促してきた企業もあるからだ。

 今回の助成金は、そうした努力を尽くしていない企業に手を差し伸べる形となる。市場の規律をゆがめる行為だ。

 住宅ローンや教育費などのため、目先の手取り減を避けたい主婦パートの気持ちも分かる。けれども負担が生じる分、将来の年金額は増え、傷病手当金など医療保障も充実する。「壁を超えると働き損」と捉えるのは適切ではない。

 それに、少子高齢化に伴い今後の年金給付は目減りしていく。3号にとどまって基礎年金だけを受け取るよりも、厚生年金に加入して将来の年金額を手厚くして長い老後に備えた方が安心だ。3号は決して「お得」な選択肢ではない。このことを政府はきちんと説明する責任がある。

 対策ではこのほか、勤務先が従業員100人以下の場合に配偶者の扶養を外れ社会保険料の納付義務が生じる「130万円の壁」について、繁忙期の残業などで一時的な収入増があっても連続2年までは扶養にとどまれるようにするとした。

 しかし、一連の対策は人手不足を補う一時しのぎにしかなるまい。厚生労働省も暫定的な措置としている。厚労省の審議会では「年収の壁」解消や3号制度の在り方を巡る議論を始めたが、妙案は示されていない。

 企業規模要件の撤廃や非適用業種の見直しなど、厚生年金と健康保険への加入をさらに広げるのが現実的な解決策だろう。就業調整の余地がない水準まで最低賃金を引き上げる努力も求めたい。

 企業の役割も大きい。助成金頼みではなく、賃上げを含め働き手の待遇を改善し、老後保障の拡充を後押ししてほしい。