長らく待たれた金融政策正常化への第一歩である。短期間で終えるはずだった異例の金融緩和を10年以上続けた結果、財政の規律低下や円安など国民生活を脅かす副作用が生じている。日銀はその点への反省を胸に刻み、政策の正常化を着実に進めていくべきだ。
日銀は大規模金融緩和の柱であるマイナス金利政策をやめ、短期金利の誘導目標を0~0・1%へ引き上げることを決めた。利上げは17年ぶりとなる。
同時に、長期金利についても上限を1%としていた目標を撤廃し、金利全般を抑制する「長短金利操作」を終了した。
双方は緩和策の中核であり、打ち切りは2013年春に始めた異次元緩和が幕を下ろし、ようやく正常化へ向かうことを意味しよう。
日銀は決定理由を、今春闘で高水準の回答が相次ぐなど賃金と物価がともに上がる好循環が確認され、物価上昇2%の目標の安定的な実現を見通せる状況になったためとした。だが見落としはないだろうか。
新型コロナウイルス禍の沈静化や円安で収益が上向き、人手不足もあり賃上げに前向きな企業は増えた。だが中心は大手や若年層であり、中小や中高年層への波及はなお限定的。物価高に賃上げの追い付かない状況も続く。賃上げとほぼ無縁な年金世帯の苦境は言うまでもない。
この2年ほどの物価上昇は主にエネルギー・原材料価格の値上がりと円安が要因であり、日銀の主張する好循環は依然脆弱(ぜいじゃく)なのが実態だろう。それだけに今後、これらの動向や景気次第では物価が日銀目標に届かない事態が予想される。
心配するのは、その際に異次元緩和へ逆戻りしてしまう点だ。それを避けるには硬直的な2%目標を見直すとともに、景気が拡大基調ならば正常化を進める強い覚悟を日銀が持つ必要がある。
「金利のある世界」に復する意義は大きいが、マイナス金利解除は正常化への小さな一歩に過ぎない。日銀が「当面、緩和的な金融環境が継続する」と強調するように、物価上昇率を勘案した実質金利は依然マイナスであり、引き締めには遠いからだ。住宅ローンなどへの影響は限られよう。
実質金利の低さが円安や株・不動産の資産価格高騰、そして根強いインフレを招いていると考えれば、今後も徐々に利上げしていくのが妥当だ。
正常化への難路は金利だけでない。まず日銀による「財政ファイナンス」を挙げたい。金利を抑えるための国債大量購入が、政府与党による放漫財政を助長。国債残高は1千兆円を突破し、半分以上を日銀が抱える。
日銀は今回、長短金利操作を撤廃しながら、長期金利の上昇防止へ国債購入を継続するとした。長期金利の形成は市場に委ねるべきであり、異次元緩和の「後遺症」と言うほかあるまい。新規購入の終了を決めた上場投資信託(ETF)の後始末も難題だ。事実上の株式買い入れであり、残高は37兆円余り。日銀が上場企業の大株主となり、株式相場を支える構図が固定化した。
金融政策の正常化には物価目標の柔軟化に加え、財政規律と国債管理政策、株式市場の透明性などの議論が欠かせない。異次元緩和をアベノミクスの柱とした政府の責任と関与は当然であり、議論を共に始める時だ。