「旅の絵本」シリーズや「ふしぎなえ」などユーモアあふれる絵本で知られる島根県津和野町出身の画家、安野光雅氏(1926~2020年)の作品を展示する安野光雅美術館(津和野町後田)には、50席のプラネタリウムがある。ナレーションの一部を安野氏自らが担当し、穏やかな声で故郷・津和野や空想への思いを語る。貴重な肉声が聞けるのは同館だけだ。プラネタリウムを取材した。

「私にとって津和野は懐かしい故郷です」。席に座ると暗くなり、少し早口なような、それでいて穏やかな口調のナレーションで上映が始まった。安野氏本人の声だ。
安野光雅美術館は2001年3月20日に開館した。3月20日は安野氏の誕生日でもある。
プラネタリウムでは冒頭と終わりのナレーションを安野氏が担当する。開館時に安野氏の発案で設置が決まり、前年の74歳のときの声を収録した。直径8・5メートル、360度のパノラマに星空が映し出される。機材は昨年3月にリニューアルした。

少し倒れる座席から見上げると、美しい津和野の風景が浮かび上がる。安野氏が過ごした懐かしい故郷の原風景があり、時間の経過とともに変わるものもあるが「ここで生まれたということは変えられない」と語りかける。
津和野を見上げる形で広がる空には無数の星々が散らばり、それらをつないでオリオン座やふたご座といった星座が浮かび上がる。星座絵もすべて安野氏が手がけた。
安野氏は数学や科学、文学のほか天文学にも造詣が深かった。初期の作品に天動説を巡る人々を描いた「天動説の絵本」がある。宇宙の中心は地球だと信じていた時代、昔の人々はどのように考え、気付いたのかを中世ヨーロッパ風のタッチで描く。プラネタリウムにも一部分が登場。自転や公転といった惑星の動きも交え、何げなく見上げる空の不思議を分かりやすく伝えている。

「空ほど不思議で、空想の相手をしてくれるものはありません」と安野氏。天文学は科学的な空想が必要で、想像を積み重ねてたどり着いた世界とも言え、絵や小説に似ているのだと表現する。天文学には科学的な空想が、絵は科学的ではない空想が必要であるとし「この美術館にプラネタリウムができたのは、芸術と科学が切り離すことのできないきょうだいのようなものだからです」と真意を語った。
「安野先生の声が聞けるのはここしかない」と福原京子学芸員。「想像し、理解する大切さを伝えている。不思議だな、とまずは興味を持つきっかけに見てほしい」と話した。
1日4回上映(正午、午後1時、同2時、同3時から)。1回約35分。木曜休館。プラネタリウムの料金は入館料に含まれる。
(益田総局報道部・藤本ちあき)