3月末の理事会後、車に乗り込み、JFしまね本所を後にする岸宏会長。報道陣の問い掛けに答えはなかった=松江市御手船場町
3月末の理事会後、車に乗り込み、JFしまね本所を後にする岸宏会長。報道陣の問い掛けに答えはなかった=松江市御手船場町

 漁業協同組合JFしまねの役員改選が混迷を極めている。2006年1月の発足時から15年間、会長を務める岸宏氏(77)の交代を求める声が起こり、再任支持の勢力との間でさや当てが続く。全国漁業協同組合連合会(全漁連)の会長でもある岸氏の足元で何が起きているのか。

 報道関係者を締め出して開かれた6月30日の通常総代会。3年に1回の役員改選期だが、役員案の提示は先送りになった。出席者によると、岸氏の退陣を求める怒号が飛び交った。

 役員改選は、管内10区域から選ばれた「役員推薦委員」が提示する案を話し合い、総代会に諮る案を決める。

 6月9日の役員推薦会議では10人のうち美保関、恵曇(いずれも松江市)、平田(出雲市)、大田、浦郷(西ノ島町)の5人が岸会長の交代を求めた。

 これに対して島根(松江市)、大社(出雲市)、浜田、益田、西郷(隠岐の島町)の5人が岸会長を支持。10人から選ぶ議長が大田の委員だったため、裁定で岸会長を含まない役員案に決まったが、会長ら執行部は一部の役員候補から事前に承諾書を取っていないなどの不備があるとし、無効を主張。手詰まり状態となっている。

▼恩恵は一部分

 交代を求めた5区域には恵曇のような主要拠点もあるが、一本釣りなど比較的小規模な漁業者が多い。これまで岸会長が水産庁や大手流通業者と交渉して進めてきた燃油高騰に対する手当や、販路拡大策などの「恩恵」に預かれたのは一部にすぎないとの思いがある。

 象徴的なのは、岸会長が音頭を取り、08年に始めた大手流通業者と水産物の直接取引を行う事業だ。水揚げした魚を港で丸ごと買い取って消費地へ送り込む手法は、一定量の水揚げがある漁港に関わる漁師には手取りが増え、販路が拡大するメリットがあるが、比較的小さい漁港を拠点に個人や少人数で営む漁師たちにほとんど利はなかった。

 50代の男性漁師は「JFは小規模の漁業者のための販路拡大を行わず、格差が広がっている」という。

 改革を推し進める姿は零細の漁業者から見ると、度々、一方的に映ることもあった。

 大田で文化として根付いていた夕市の廃止(2020年)も、その一例だ。地域の将来を担う若い漁業者らが多様な働き方を求めて詰め寄ったが、にべもなかった。大田の漁業者との話し合いで岸会長が「私が来たということは、決まったということだ」と言ったという。

▼会長の影響力

 元水産庁職員で、岸会長の影響力を知る他県の漁業幹部は「新自由主義的な考え方。漁協職員から全国のトップになったため、漁師の立場ではなく少し離れた所から見ているような感じだ。(水産庁に影響力がある)自民党の青木幹雄元参院議員会長との関係もありやり手という印象だ」と話す。

 つまり、利益をもたらす存在ではあるが、漁業者全体を見渡して目配りする姿勢にいまひとつ欠けているのではないか。

 一部の組合員からは、給油や製氷施設が壊れても修理が極端に遅いなどの実態が放置されているとの指摘が絶えない。実際、差配のまずさは納税の遅れや、施設責任者の未配置など法令違反にも表れており、島根県から業務改善命令を受けている。

 執行部は、役員改選を巡る反対派の手続き不備を指摘したり、時間稼ぎをしたりする前に、地元の漁業者に寄り添い、信頼回復につながるような話し合いを進めるべきだ。また、会長交代を掲げる勢力も後の青写真を組合員に示し、漁業者の理解を得た上で「政権交代」への道を進まなければならない。いがみ合うままでは、かつての主要産業がさらに衰退の道を歩みかねない。