2021年度の最低賃金改定の議論が政府の審議会で始まっている。昨年度は新型コロナウイルスの感染拡大による企業業績の悪化で、目安額は事実上据え置かれたが、今回は菅政権が引き上げに積極姿勢を示している。一昨年まで続いた引き上げの流れを復活させたい。
最低賃金は全ての労働者に適用される時給の下限額だ。厚生労働省の中央最低賃金審議会が今週にも目安額を答申し、これを参考に、各都道府県の地方審議会が8月ごろに引き上げ額を決め、10月から順次適用される。
安倍前政権は経済の好循環に向けて全国平均で最低賃金千円を目指す方針を掲げ、16年度から4年連続で年率3%超の引き上げを実現した。しかし、20年度はコロナ感染で景気が悪化する中、雇用維持の優先を理由に目安額の提示は見送られ、最低賃金は全国平均で前年度比1円増の902円にとどまった。
今回目立つのは、菅義偉首相が早くから最低賃金の引き上げに強い意欲を表明し、先手を打ってきたことだ。昨年9月の就任直後に最低賃金の引き上げに取り組むと明言。今年6月に決定した経済財政運営の指針「骨太方針」にも「最低賃金の引き上げで早期に全国平均千円を目指す」と明記した。「格差是正に不可欠」と強調している。
これに対し日本商工会議所など中小企業の経営団体は、最低賃金の引き上げに警戒を強め、現状維持を求めている。中小企業はコロナ禍の下で苦境が続いており、特に飲食、宿泊業などは最低賃金水準で従業員を雇用しているケースが多く、引き上げは雇用調整や経営破綻につながる懸念があるとしている。
今年の議論で焦点となるのは、コロナ禍が経営の先行きに及ぼす影響をどう見るかだ。確かに景気の現状は厳しく、国内総生産(GDP)は1~3月期に続き4~6月期もマイナス成長に陥る可能性がある。しかし、ワクチン接種が順調に進めば、秋ごろには経済活動正常化の展望が開けてくるとの見方が多い。
世界経済は21年に年率6%程度の成長が予想されている。特に米国は大規模な財政出動の効果により、7・0%の高成長でコロナ前の水準を回復する見通しだ。外需の追い風も受け、21年度下半期は日本経済の本格回復が期待できる。10月から最低賃金の引き上げができる条件は整いつつあるとみてよいだろう。
そもそも日本の最低賃金は先進国の中で例外的に低く、その改善は長年の懸案だ。しかも、コロナ禍の中でも欧米諸国では20~21年に最低賃金を引き上げた国が多い。「日本の最低賃金は先進国の中で置いてきぼり」(神津里季生連合会長)である。今年は再び中長期的な引き上げ路線にかじを切るべきだ。
ただし、最低賃金の引き上げは、適正な上げ幅であっても、雇用コストの増加で中小企業の経営を圧迫する。継続的な引き上げのためには、コスト増を吸収できる生産性向上や、価格転嫁しやすい仕組みが不可欠だ。
政府には生産性向上に取り組む中小企業に対する支援や、大企業との取引条件の適正化などきめ細かい環境整備を求めたい。研究開発や教育訓練を後押しする税制優遇策なども必要だ。着実な賃上げの前提として、適切な経済政策による持続的成長が重要であることも、言うまでもない。