知事の退任式を終え、公用車の窓から身を乗り出して職員に手を振る溝口善兵衛氏=2019年4月26日、松江市殿町、県庁前
知事の退任式を終え、公用車の窓から身を乗り出して職員に手を振る溝口善兵衛氏=2019年4月26日、松江市殿町、県庁前

 「言わない」が溝口流だった。

 3期12年のうち、6年余り記者として向き合った。月2回の定例会見では質問しても自らの考えをはっきりと表明するのはまれで、食い下がると「ここはあなたと議論する場ではない」。県議会などからも「島根をどうしたいかが見えない」「政治家ではない」との評価がつきまとった。

 物足りなさの一方、リーダーとしてのひたむきさを感じることもあった。会見で現場取材を基に、必要な対策があるのではないかと訴えると、答えはいつもの通りだったが、会見後に幹部職員に対し、「(指摘が)本当か調べて、対策を打つように」と指示していたことを後で知った。

 財務省の国際部門トップである財務官時代、極端な円高を食い止めるための大胆な円売り、ドル買い介入で「ミスター・ドル」の異名で知られた。そこで培った人脈を持論だったヒト・モノ・カネの「地方分散」のために存分に使った。

 随行者なしで古巣や総務省に出向き、実を得る。都会と地方の格差を訴え、地方交付税や法人税の都道府県への手厚い配分など、地味だが重要な政策を実現させ、座右の銘である「着眼大局、着手小局」を実践した。

 JR三江線を巡っては、JR西日本が廃止検討を表明する1年前に可能性があることが県に伝わると、隠密で大阪市の本社を訪問。社長に廃止しないよう直談判した。その後、利用促進の予算を増やすよう指示。廃止が現実になったのは心残りだっただろう。

 会見などで何度もぶつかり、批判もしたが、記事に対して何か言われたことはなかった。担当を離れる際に「君は君のままでいい」との言葉をかけられた。故郷のために物言う姿勢は評価してくれていたのだと思う。自身の郷土愛と通じていたからではないだろうか。

 退任後は東京に居を移したが、一畑電車が好きで、島根の自然、歴史・文化を愛し、「地方が大事。東京にはない良さがある」と常々語っていたという。懸念していた東京一極集中は加速し、課題が山積する故郷、日本社会をどう見ていたのか。もっと議論したかった。

(編集局次長兼論説委員・尾添大介)