弦楽五重奏を披露する山陰フィルのメンバー
弦楽五重奏を披露する山陰フィルのメンバー

 山陰を代表するアマチュア・オーケストラ「山陰フィルハーモニー管弦楽団」の前団長、加藤幹雄さん(75)を講師に迎えた連続講座「音楽の力~山陰フィルの活動を通して」が松江市殿町の山陰中央新報社文化センターで始まった。第1回は「忘れられない演奏会」と題して刑務所や出雲大社での演奏体験を語るとともに、仲間4人と弦楽五重奏を披露した。


弓使わず指だけで弦楽五重奏

 講座は講演と演奏で構成。初回の演奏は「山陰フィル弦楽五重奏」として、加藤さん(コントラバス)、勝部万里子さん(第1バイオリン)、宇野俊子さん(第2バイオリン)、長沢千江さん(ビオラ)、植田菜穂さん(チェロ)の5人が、弓を一切使わず指だけで弦楽器を弾くユニークな楽曲「プリンク・プランク・プルンク」(アンダーソン作曲)や、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク(第1楽章)」(モーツァルト作曲)などを奏でた。


刑務所で受刑者を前に演奏会

 講演では、1975年に山陰フィルに入団し、92年から2022年までの30年間団長を務めた加藤さんが「忘れられない演奏会」の思い出を話した。このうち、2010年10月の刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」(浜田市旭町丸原)への訪問では、体育館で受刑者800人ずつを前にコンサートを2回開催。クラシックやアニメ主題歌を演奏し、最後は「ふるさと」を合唱した。

島根あさひ社会復帰促進センターで演奏する山陰フィルハーモニー管弦楽団=2010年、浜田市旭町丸原


 後日、送られてきたアンケートには、音楽そのものに心を動かされた人、「ふるさと」を歌いながら妻や子を思った人、オーケストラ団員の姿に人と人とが協調する大切さを見た人など、演奏会を通してさまざまなことを感じ取った受刑者の率直な思いがつづられており、「私たちが演奏した音楽には、これだけ人の心に訴えかけるような力があったんだと団員一同が感激した」と振り返った。

出雲大社の神楽殿で合唱団と共演する山陰フィルハーモニー管弦楽団=2014年、出雲市大社町杵築南


出雲大社神楽殿でベートーベンの第九

 2014年5月には平成の大遷宮の奉賛行事として出雲大社(出雲市大社町杵築南)の神楽殿でベートーベンの交響曲第9番を演奏した。関西で活躍する指揮者の守山俊吾さんから出演要請を受け、主に関西から集まった約300人の合唱団と共演した。神楽殿を使える時間はわずか3時間のため練習をどうするか、畳の上にどう舞台を作るかといった数多くの課題を一つずつ解決して迎えた本番は大成功。神楽殿を埋めた350人の客から喝采を浴び、山陰フィルの歴史に新たな1ページを刻んだ。

 2019年に島根県飯南町で催した演奏会には予想を超える400人が来場した。みんなで「ふるさと」を合唱して終演後、客のいなくなった会場の来島小学校体育館で団員を前にあいさつに立った当時の山碕英樹町長が「きょうはこんな山奥にまでわざわざ松江から…」と言ったきり感極まって言葉に詰まった姿に、団員たちも思わずもらい泣きしたエピソードも語った。

山陰フィルの活動を振り返る加藤幹雄さん
弦楽五重奏に聴き入る受講生


 加藤さんは「音楽は楽譜だけでは人に感動を与えることはできず、演奏という形で具体化して初めて人に届けることがでる。そのためには一定レベルの演奏をする必要がある」と話し、団員が毎週土曜夜に集まって練習を重ねていることを強調。「プロが演奏するような難しい曲でなくても名曲はたくさんあり、そんな曲を時間をかけて練習すれば、お客さまに感動を与えることができる」と続け、地域のアマチュア楽団を引っ張ってきた思いを語った。

 山陰フィルは山陰地方初のアマチュア・オーケストラとして1973年に発足した。加藤さんは島根県職員の傍ら、団員として活動した。団長を退いた後は団の顧問を務める。ほかに県オーケストラ連絡協議会会長、NPO法人松江サードプレイス研究会ノヴィープロジェクト代表も務める。

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 連続講座「音楽の力~山陰フィルの活動を通して~」の今後の予定は次の通り。

第2回「山陰フィルの50年」=5月10日(土)午前10時半~正午
 半世紀を超える山陰フィルの活動での苦労や喜び、プロ音楽家から得た深い学びを語ります。加藤さんの音楽人生も紹介します。
 演奏はコモンズ(バイオリン3人、コントラバス)

第3回「地域に音楽文化を」=6月21日(土)午前10時半~正午
 ファミリーコンサートや学校公演など子どもたちに向けた取り組みや、島根県内各地での演奏活動を振り返ります。
 演奏はATM弦楽トリオ(バイオリン2人、コントラバス)

第4回「人をつなぐノヴィーの物語」=7月12日(土)午前10時半~正午
 松江市内で見つかった100年以上前のチェコ製ピアノ「ノヴィー」が生んだ国際交流のこれまでとこれからについて話します。
 ビデオでノヴィーの演奏(ピアノ=ウラディミール・ホリー、バイオリン=後藤博亮)を鑑賞します。

 いずれも会場は山陰中央新報社(松江市殿町383、山陰中央ビル)。第2回から3回分の受講料は7,260円。特定の回だけの受講(1回2,420円)も可能です。問い合わせ、申し込みは山陰中央新報社文化センター松江教室、電話0852(32)3456、フリーダイヤル(0120)079123。