戦後76年となる「終戦の日」もまた新型コロナウイルス禍とともに迎えた。ことしは太平洋戦争開戦から80年の年でもある。

 戦争の重要な教訓は、権力者が独り善がりに陥ると、国策を誤り、国民に甚大な被害をもたらすということだ。現下のコロナ対応にも当てはまるところがあるのではないか。戦後民主主義を形骸化させないためにも、独善的な政権運営には歯止めをかけねばならない。

 先の戦争での犠牲者は日本側だけでも約310万人に達した。当時の政治指導者たちが、国内外の情勢について客観的な判断をしていれば、開戦せずに救えた命だった。

 しかし、日本軍上層部の根拠なき楽観論や精神論に政府も支配され、4年近くに及ぶ戦争に突入。緒戦を除き日本軍は大きな軍事作戦で敗走を重ねながら「転進」などと言い繕った。

 終戦が遅れたのは、指導者たちに敗北の責任から逃れようとする保身意識が働いたことも大きい。昭和史研究者らのこうした分析には、コロナウイルスと対峙(たいじ)する今にも通じる戒めがある。

 コロナ収束のため何より求められるのは科学的知見に基づく対策だ。菅義偉首相の対応は楽観論に立ち、専門家の予測や要請を軽んじてきたように映る。

 東京五輪の期間中から全国の1日の新規感染者数は最多を更新し続け、緊急事態宣言とまん延防止等重点措置の発令は計19都道府県に上る。「第5波」襲来による感染者急増は五輪前から専門家が忠告していたはずだ。

 菅首相はワクチン接種の進展を実績として強調するものの、感染者数は減らず、重症者が増えている。コロナ対策で「敗走」を続けていると批判されても仕方あるまい。

 首相は責任の所在を問われても、まともに答えようとはしない。政府が突如打ち出した入院制限方針は、それまでの感染防止策の失敗を認めないままの「転進」ではないのか。

 反発を受けて撤回はしたが、飲食店や酒類販売業者への法律から逸脱した圧力強化は、まさに独善的な判断だった。菅首相は「具体的議論はしていないので承知していない」と言う。無責任体制にあきれるばかりだ。

 長崎の原爆投下で被爆した80代男性の言葉が重く響く。菅首相が突き進んだ東京五輪の開催に対し「戦時中も一切反論を許さない空気があった。あのころと雰囲気が似ている」と。日本学術会議会員の任命拒否問題を考えれば、うなずける指摘である。

 令和時代に日本が戦争にくみすることはないと信じたい。だが、時の政権の独善を放置していると、自由に物が言えなくなり、民意をないがしろにした政治が横行しかねない。

 戦時と違うのは、国民に民主主義を守る手段が用意されていることだ。誰もが公正、公平に行使できる選挙権である。秋までには実施される衆院選は貴重な意思表明の機会だ。

 東京五輪に続き、パラリンピックが開幕するが、コロナ封じ込めのめどは立たず、制約の多い不自由な生活が続く。対面での戦争体験の伝承も困難になっている。それでもインターネットを活用するなどして、悲惨な歴史から教訓をくみ取り、行動につなげたい。今の、そしてこれからの時代をよりよくするために。