東京都に4度目の新型コロナウイルス緊急事態宣言が発令されてから1カ月半が過ぎ、対象地域は21都道府県に拡大した。首都圏や関西を中心に病床が逼迫(ひっぱく)し、政府は感染急拡大地域では臨時医療施設の整備を含む対策を進めると表明した。
「第5波」に苦しむ医療現場に突き上げられた形だ。政府も東京など多くの都道府県も後手に回ったと言わざるを得ない。それでも感染者急増に追い付かない医療体制の崩壊状態の打開には、通常医療をある程度制限してでも「野戦病院」のような臨時医療施設をつくり患者、医療従事者を集中させることは有効だ。直ちに実行してほしい。
厚生労働省は都と連名で、都内の全医療機関にコロナ向け病床の確保を要請した。人員不足など正当な理由なく要請を拒んだ場合は勧告し、従わなければ医療機関名を公表できるとした改正感染症法に基づく初の措置だ。これにより都は、コロナ病床を約600床上積みし計7千床確保したいとしている。
都道府県レベルの要請では今春、奈良県が約50床、大阪府も約550床を確保。だが大阪府の8月の要請は、病院側が「看護師を確保できない」「他の患者と動線を分けられない」として難航している。また東京都が現在確保するコロナ病床約6400床は使用率60%超で数字上余裕があるが、人員配置が間に合わないなどのため実際は逼迫状態だ。既存病院の病床上積みは今後も険しい道と考えざるを得まい。
そこで政府が病床対策のもう一つの柱としたのが「人員派遣」だ。コロナ患者入院に対応できなかったり、コロナ診療自体に関与してこなかったりした病院、診療所には、回復した人の転院先確保のほか、医師、看護師派遣で協力を求める。ベッドが無理なら人材を、という発想の転換だ。
医師や看護師は、全国で11万人を超えた自宅療養者のケアに引く手あまたなほか、在宅患者が息苦しくなった場合に酸素吸入を受けられる「酸素ステーション」などへの配置が求められてきた。
その上で、期待が高まるのが臨時医療施設への派遣だ。同様の施設は英国やスペインが設営し、日本でも大阪府が大型展示場に千床規模の整備を表明、福井県が100床の計画を策定した。往診や訪問看護が必要な在宅患者を広い1カ所に集めて診ることができれば、少ない医療従事者で効率的な治療、容体急変への対処が可能になる。自宅では難しい抗体カクテル療法にも対応できる。
日本医師会や経済界も協力を表明しており、各地への整備を急ぐべきだ。しかし、コロナ以外にも深刻な病気やけがはある。通常医療にも当たる医療従事者を引きはがすようにして動員することは、いかに法律に基づく要請であっても、医師や看護師らに過大な負担を強いずには実現しない。
結局その成否を決めるのは政治のリーダーシップだ。国民に厳しい現状を率直に伝え、医療従事者に献身的な協力が欲しいと訴えて説得する。それは、菅義偉首相が自身の言葉の力で実行しなければならない。
だが首相はこの局面でも「ワクチン接種の取り組みは良かった」と成果を強調し、「明かりははっきりと見え始めた」と楽観的見通しを語る。危機感が薄いリーダーの言葉では人は動かないと指摘せざるを得ない。