政府は、介護や保育、看護の現場で働く人たちの賃金を引き上げることを決めた。高齢者の暮らしや子どもたちの成長、患者の療養を支える最前線の担い手であり、新型コロナウイルス対応も重なって体力面でも精神面でも負担は大きい。労苦に報いるだけの賃金水準が保証されるべきだ。

 介護職や保育士らの賃金は月3%程度(9千円)、新型コロナウイルスなどに対応する医療機関の看護師は月1%程度(4千円)をいずれも来年2月から賃上げする。本年度の補正予算案で来年9月までの費用を計上。同10月以降は介護報酬や診療報酬などの見直しで賄う方針だ。看護分野も段階的に3%に引き上げていくという。継続的に賃金の底上げを図るよう努めてほしい。

 介護や保育、看護などのサービスの価格は「公的価格」と称され、財源は国民が納める保険料や税、利用者負担で構成される。公的価格に基づく収入で事業主は施設などを運営。国は事業主がどれだけの金額を人件費に回すかまでは管理できないが、公的価格を定めることで賃金の上げ下げに間接的に関与できる。

 「成長と分配の好循環」を掲げる岸田文雄首相は、春闘に向けた議論が本格化する前に介護職らの待遇改善を打ち出すことで、他の産業全般に賃上げの機運を波及させる狙いだという。

 政府の調査によると、全産業平均の月収が35万2千円なのに対し、看護師は上回ったものの、介護職は29万3千円、保育士は30万3千円と約5万~6万円も低い。3%の賃上げでは平均に届かず、現場から「1桁違うのでは」との不満が漏れている。当然だろう。

 介護や保育の分野に関する処遇改善は以前から課題となっていた。両分野とも慢性的な人手不足に悩まされており、背景には賃金の低さがあるとみられる。担い手に女性が多く、男女の賃金格差が縮まらない一因ともなっている。

 とりわけ介護分野では2025年度に約32万人、40年度には約69万人の人手が不足するとの政府推計もある。これでは超高齢社会を乗り切るのは難しく、改善は急務だ。

 政府はこれまでも介護職らの報酬に加算するなどの対策を取ってきた。だが手続きが煩雑だったり、事業主が加算を受け取りながら現場職員に賃上げが行き渡らなかったりして、実効性を伴わなかった面もある。

 多額の費用を投入しながら、現場の担い手が賃上げを実感できないのでは予算の無駄遣いではないか。これまでの手法に不備があったのであれば反省し、より効果的な抜本策に取り組むべきだ。

 補正予算を使った賃上げは8カ月限りで、来夏の参院選をにらんだ政権の思惑も見え隠れする。交付金を使った一時的な賃上げでは人手不足に歯止めはかからないだろう。サービスの質にもかかわってくる。

 政府は来年10月以降の賃上げ原資は介護報酬など公的価格の見直しで捻出する構えだが、そうすると保険料負担に跳ね返ることになる。思い切って介護職らの賃上げを図るのであれば、安定財源の確保に向けて国民負担増に踏み込んで議論することが求められるが、その覚悟はあるのだろうか。低所得者の負担軽減策も併せて検討が必要だ。耳当たりのよい掛け声だけで終わらせてはならない。