1941年12月8日、祖父は東南アジアのマレー半島にいた。太平洋戦争開戦では真珠湾攻撃がよく知られているが、真珠湾爆撃より少し前、ハワイからはるか西で既に戦争は始まっていた▼英領マレー半島での戦いは、半島を縦断して、上陸地点から約千キロ先のシンガポール攻略が目的。12月4日、陸軍部隊は中国・海南島の三亜を出港した▼祖父の従軍の過程を示す資料が残っている。所属する第5師団(編成地・広島)捜索第5連隊は、佐伯静夫中佐を隊長に、激浪の荒天の下、タイ領シンゴラに上陸。600人に満たない「佐伯隊」はタイ国境を越えて英領マレーに入り、6千人ともされる英国軍が20キロにも及ぶ要(よう)塞(さい)陣地を構えるジットラを落とす。「挺進(ていしん)隊」と言われるゆえんだ▼同じ隊の隊員が記した『馬来進攻の死角』(増田義雄著)では、多勢に無勢だったジットラでの戦闘を「連隊が玉砕寸前〓(占にニテンシンニュウ)(まで)戦った」と表現。上陸の際、荒れ狂う海へ飛び込んで岸を目指し、猛烈なスコールの中、ゴムの木の林に潜む敵兵に気を払いながら前進していく様子が詳細に記されている▼きょうはクリスマス。イブには食卓を囲んでケーキを食べ、サンタクロースからのプレゼントを手にした子どもたちもいるだろう。一方で、80年前のクリスマスをジャングルで過ごした祖父は、何を思っていたか。鬼籍に入ったいま、聞くすべがないことが残念でならない。(目)