安来市伯太町に伝わる「母里市やまんば祭」
安来市伯太町に伝わる「母里市やまんば祭」
優しいやまんばの民話が伝わる島根県西ノ島町=同町浦郷、国賀海岸
優しいやまんばの民話が伝わる島根県西ノ島町=同町浦郷、国賀海岸
安来市伯太町に伝わる「母里市やまんば祭」 優しいやまんばの民話が伝わる島根県西ノ島町=同町浦郷、国賀海岸

 山陰に残る民話の中から、正月の興味深い話しを民話研究者の酒井董美さん(86)から教わった。鳥取県智頭町と島根県西ノ島町に伝わる民話を紹介する。(Sデジ編集部・吉野仁士)

隠岐諸島版「かさじぞう」 山陰に伝わる正月の民話<上>(Sデジオリジナル記事)

▼福の神だけでなく貧乏神も

 <上>で紹介した島根県海士町と吉賀町の民話に登場する正月の神様はどちらも福の神だったが、中には悪い神様もいる。智頭町に伝わるのは人を不幸にする貧乏神が登場する民話だ。

 

「貧乏神と福の神」の民話が伝わる鳥取県智頭町。<上>の地域と同じく自然が多い

 

 貧乏神と福の神(智頭町)

 昔あるところにとても貧乏な家があった。亭主が大みそかの晩にまきをいろりにくべていると、奥の方からばりばりがちゃがちゃと音を鳴らして出てくるものがいた。見るとおじいさんで、髪もひげも白髪だらけで、ぼろぼろな着物を着て、いろりへべたっと座った。

 亭主が「人の家の奥から出てくるのは誰だ」と怒ると、おじいさんは「わしは貧乏神じゃ」と答えた。

 亭主「貧乏神だと。この家はこれだけ貧乏で困っているのに何というものが出てくるんだ」

 貧乏神「わしはこの家に入り込んで8年たつ。ずっと他へ行こうと焦っているが、行けないんだ」

 亭主「なんでうちにばかりいるんだ。貧乏神なんかがいつまでもいてどうするんだ」

境港市の水木しげるロードにある「貧乏神」の像

 亭主は怒って燃えさしを貧乏神に投げつけた。

 貧乏神「まぁそんなに怒るな。お前の嫁が気に入ったから、わしはこの家が好きで居座るんだ」

 亭主「とんでもない。こんな貧乏神がいるんじゃどうしようもない」

 貧乏神「どうにかしたければ嫁を追い出せ。追い出したら、代わりにいいことを教えてやる。正月明けの2日の晩に殿様の行列がある。殿様が乗ったかごが通るから、棒でかごをたたけ」

 亭主は貧乏神の言うとおりにするため、嫁に「8年も一緒にいたが、こんなに貧乏ではかなわん。貧乏神がお前を追い出せと言うから悪いが出て行ってくれ」と言い、嫁は渋々出て行った。

 正月明けの2日、実際に殿様の列が通った。亭主はかごをたたこうと飛び出したが、間違えて家来の方をたたいてしまった。貧乏神は「そこを間違えてはだめだ。一週間後に殿様がここを通って戻るから、もう一回やれ」と言った。

 一週間後、行列が戻ってきて、亭主は今度こそ棒でかごをたたいた。するとかごからはたくさんの大判小判が飛んで出た。亭主がそれを拾い集めると、貧乏神は「これで家でも建てなさい。これだけ金持ちになったらわしはこの家にはいれないから出て行く」と出て行った。

 それから亭主は新しい家を買い、新しい奥さんをもらって一生豊に楽しく暮らしたそうな。

 

 現代で語るには問題がある話の流れだが、貧乏神が正月明けに幸せを授けたという話。この神様は一体、貧乏神だったのか、福の神だったのか。

 酒井さんによると「貧乏な庶民が何とかして福の神を迎えて生活を豊かにしたいと願って作られた話ではないか」と推測した。これまで庶民を貧乏にしていた貧乏神が、正月前後に何かの気まぐれで幸せを運ぶという話は、中四国にいくつか存在するという。

 貧乏の根源が亭主の嫁だったという点と、殿様の行列を襲って幸せを手にするというくだりには異論があるだろう。当時の庶民の暮らしは今の私たちでは想像もつかないほどで、嫁を追い出し、殿様の行列を襲ってでも幸せを望むほど困窮を極めていたのかもしれない。

 

 ▼離島に伝わる優しい山姥(やまんば)の話

 「山姥」をご存じだろうか。有名な民話では人を食べたり悪さをしたりとおそろしい印象がある。隠岐諸島に伝わる正月頃に現れる山姥は、私たちの知る山姥とは少し違うようだ。

絶景で知られる島根県西ノ島町の国賀海岸。はるか昔、奥に見える山のどこかに優しいやまんばがいたのかもしれない

 隠岐の島の山姥(やまんば)(西ノ島町)

 大昔、大雪が降る季節になると山姥という一人のおばあさんが、山から麓の村に下りてきていた。その山姥は村人に糸の作り方や機織りの仕方、魚の釣り方まで何でも教えてくれた。

 冬の間は村にいるが、雪が溶ける季節になると姿を消してしまう。そしてまた次の年に雪が積もるようになると、村に下りてきて村人にものを教えた。村は山姥のおかげで栄え、村人は山姥を長年あがめ続けた―。

 山姥でありながら、こちらはとても親切な存在。人を食うどころか、人々の繁栄のための知識を授けてくれる。山姥に対する見方が変わる、びっくりする話だ。

安来市伯太町に伝わる恒例の「母里市やまんば祭」の様子(2019年12月)

 酒井さんは山姥とは本来、山の神の呼び名で、有名な妖怪の山姥は落ちぶれて邪悪な存在となった神のことだとする。隠岐諸島に伝わる山姥は人々に幸福を授ける福の神だったようだ。酒井さんは「おじいさんの姿をした正月の神と、冬の間に現れるおばあさんの神が伝わっているということは、地域に存在する男女一対の神だったのではないか」と分析した。

 酒井さんによると、古来、新年は全てのものの再生を意味する重要な節目とされる。神が現世に現れ、人々の怠惰を戒めるとともに、幸せを授けると信じられたという。「人々は地方によってそれぞれ異なる正月神を想像し、あがめた。どれも各地の風土を知ることができる重要な民話だ」と話した。

 

 <上><下>で山陰に伝わるお正月の民話を紹介しました。この正月休み、怠惰をせずに過ごせたでしょうか。忙しい現代人は、正月休みくらいのんびり過ごしたいもの。雪が積もるまでは滞在する正月の神もいるらしいので、今からでも善行を積めば、福の神が幸せを授けてくれるかもしれません。