自民党が「国民政党」を名乗るなら、最も尊重すべきは民意であろう。党総裁で内閣を率いる岸田文雄首相には、誰よりもその自覚が求められる。自らの政権維持のため、党内力学に政策判断が影響されるようなことはあってはならない。
岸田首相が昨年10月に就任後、初の自民党大会が開かれた。採択された2022年運動方針は前文に「国民の不安に寄り添い、国民の声に丁寧に耳を傾け、信頼と共感を背景にした政治を推し進める覚悟である」と明記した。
総裁選時から首相が掲げてきた政権運営の在り方を改めて確認したといえる。土台となったのは1955年の結党時に打ち出した「政治は国民のもの」であり、「わが党は国民政党である」との精神であるはずだ。
肝心なのは岸田自民党がそうした理念に基づく政治を実行し、国民から「信頼と共感」を得るため十分な説明責任を果たしているかどうかだ。
首相が党大会の総裁演説冒頭で言及したのはロシアのウクライナ侵攻だった。「暴挙には高い代償が伴うことを示していく」と経済制裁の妥当性を訴えるとともに、日本の防衛力と日米同盟を強化する意向を表明した。
ウクライナとの連帯や日本を取り巻く安全保障環境を考えれば当然の取り組みではある。だが、国民の命と暮らしに関わるだけに、施策に賛同してもらう努力を怠ってはならない。
自民党保守派内ではロシアの侵攻を契機に、日本の領土内に米国の核兵器を配備して共同運用する「核共有」政策の議論を促す声が高まっている。安倍晋三元首相の提起がきっかけだ。岸田首相は政府による検討は否定したものの、自民党内の議論は容認する考えを示している。
被爆地の広島出身にもかかわらず、首相と総裁の立場を使い分けた印象は拭えない。参院選を控えた今後の政権運営をにらみ、最大派閥を率いる安倍氏など保守派とその支持層への配慮があったのではないか。
「非核三原則」に反する国内の核配備論には国民の懸念が強い。総裁として党側に慎重な対応を指示するとともに、党内議論を始めるのであれば、国民にその必要性を丁寧に説くべきだろう。
憲法改正論議も同様だ。22年運動方針は、政府の権限を強化する緊急事態条項新設を含む党改憲4項目を挙げた上で、結びで「早期の改正を目指す」「国民とともにまい進する」と記述。前年の方針より踏み込んだ表現になった。
岸田首相も演説で「4項目は今こそ取り組まなければならない課題だ」と力説した。憲法改正を党是に位置付けているとはいえ、「改憲ありき」の姿勢がすぎないか。
ウクライナ危機による物価高騰対策が急務になっている中、国会での熟議が欠かせない改憲論議は優先順位が低い。自民党保守派が声高に主張しても、首相や党執行部は拙速を戒め、民意を踏まえた冷静な論議を呼び掛けてもらいたい。
新型コロナウイルス対策も国民にとっては改憲より重視してほしいテーマであろう。与野党には政府の対策に不備はないか厳しくチェックしていくことが望まれる。それこそが行政監視を担う国会の役割であり、「国民政党」たる自民党が率先して果たさなければならない責務といえよう。