JR西日本は特急やくも(岡山駅―出雲市駅)を、2024年春から新型車両にすると発表した。特急やくもは1972年3月15日の運行開始から50年を迎え、新型車両は3代目になる。岡山駅で新幹線に接続し、山陰両県民にとって陰陽を結ぶ公共交通として大きな役割を担ってきた。新型車両の登場を前に、半世紀にわたる伯備線特急の歴史を調べた。(Sデジ編集部・吉野仁士)
▼山陰両県ではおなじみ、山陽接続の要
JR西日本によると、特急やくもは1972年3月15日、岡山駅の山陽新幹線開業に合わせ、山陰方面との接続のために登場した。初代車両は「キハ181系気動車」で、82年に伯備線の電化に伴い、現行の「381系電車」に交代した。現在(3月12日のダイヤ改正以降)、1日に定期12往復、週末を中心に臨時3往復運行する。

▼山岳路線を走るためのエンジン搭載
特急やくものキハ181系の車体は、クリーム色地に赤い羽型のラインが入った「国鉄色」と呼ばれるデザインのディーゼル車。JR西日本によると、やくもの名称の由来は島根県東部の旧国名、出雲の枕ことばの「八雲立つ」にちなむという。
ディーゼル車が多かった当時、伯備線のように、勾配区間が連続する路線を走行できる列車は少なかった。181系は時速120キロの高速走行を目的に作られ、新開発の走行用ディーゼルエンジンと発電用エンジンを搭載。山岳路線の走行を可能にした。当時の運行区間は岡山―出雲市・益田駅間だった。

181系のやくもを使った移動時間は、岡山―出雲市で約4時間。現行の381系よりも1時間ほど掛かるが、当時、島根県東部や鳥取県西部から京都や大阪といった関西方面に出る移動手段の中では、最速だったという。
▼2代目381系、独特の揺れの原因は
82年7月から登場した2代目、381系電車。車体の配色は当初、181系と同じクリーム色に赤色の「国鉄色」と呼ばれるデザイン。87年の国鉄民営化以降も走り続け、製造から40年が経過した。今や本州で唯一、定期運行される「最後の国鉄型特急車両」と呼ばれる。
181系より速度を向上させるため、JR西日本の前身の国鉄は試験を重ねた。車体に軽量化と低重心化を施した「自然振り子式」を当時の国鉄車両で初めて導入した。カーブ通過時に発生する遠心力を利用して車体を傾けることで、速度を保ったまま走行できる。時速約20キロほど速くカーブを走れるようになった。

速度が向上した半面、副作用もあった。振り子方式の特性上、カーブに入る際と出る際の揺れが、通常の車両よりも遅く、かつ大きく感じられるという。乗客が通常の列車で感じない独特の揺れに慣れず、乗り物酔いをすることがよくあった。やくもの車内の座席や洗面所には他の列車にはなかった、エチケット袋が常備された。
移動時間が大きく短縮される利点はあったが、2代目やくもは導入当初、乗り心地の面で課題を残した。
1994年には、同じ381系だが、薄紫色に青紫・白・赤紫の帯が入った特急列車「スーパーやくも」が運転を開始した。停車駅を絞った速達型で、2006年まで走行した。

07年からは現在のクリーム色地に赤の配色で、快適性を重視した「ゆったりやくも」への改造を開始した。座席の間隔と足元の空間を拡張し、トイレの洋式化に取り組み、10年にはやくも全車両の工事が完了した。一部の列車には窓を大きくして眺望を良くしたパノラマグリーン車を連結する。

毎月、山陰各地で電車を撮影する、益田市七尾町の石川伸也さん(68)は約50年来のやくもファン。京都府にいた学生時代、181系に乗ってたびたび島根県に帰省したことから、特に初代の国鉄色のやくもへの思い入れが強く「温かさを感じる色合いで、車両の形も好き。どうやったらきれいに撮れるかを常に考えてしまう」と魅力を話した。現行の381系についても、振り子式の独特の揺れを「面白くて何度も乗りたくなる」と笑う。石川さんは「381系の車両は大変に貴重。しっかり記録しておきたいので、新型車両になるまでに、可能な限り撮影に出向きたい」と熱を込めて話した。

▼山陰に欠かせぬ存在に
新型コロナウイルスの感染拡大前の2019年度、特急やくもは1日当たり約4千人が利用したという。定時、大量輸送という列車の特徴を生かして、陰陽を連結し、移動手段として大きな役割を果たした。

引退した181系は、ミャンマー鉄道省に譲渡され、現地の旅客車両として走るほか、津山まなびの鉄道館(岡山県津山市)の展示車両としても人気を集めている。現行の車両はもちろん、引退後の車両も根強い人気を誇る。
JR西日本はやくもの運行50周年にあたり「長きにわたり特急やくもをご愛顧いただき、心より感謝申し上げる。新型車両の投入を契機に、引き続き地域の皆さんと一緒に、観光振興を軸とした交流人口の拡大と沿線地域活性化に貢献していきたい」とコメントを寄せた。
▼3月19日から国鉄色が復活
2024年春のダイヤ改正に合わせて導入予定の3代目「273系特急型直流電車」には国内初の「車上型制御付き自然振り子式」を搭載する。車両の曲線データと走行地点のデータを連続して照合することで、適切なタイミングで車体が滑らかに傾くようになり、カーブ区間をこれまで以上に高速で、かつ揺れを抑制しながら走れるという。快適性の向上を図るため、座席間隔の拡大や全席コンセント設置、Wi-Fi環境の完備といった計画も発表された。
運行50周年を記念し、3月19日からは381系の6両編成1本を、初代の181系登場当時の国鉄色に塗り替えて運行する。国鉄色の車両は上下4本(8、9、24、25号)で運用する。運行終了日は未定。




新車両では揺れがさらに改善され、快適な乗り心地が期待できそう。車両デザインは9月ごろに決まる予定だという。