日本庭園ランキングで上位常連の皆美館(左)と由志園
日本庭園ランキングで上位常連の皆美館(左)と由志園

 米国の庭園専門誌による「日本庭園ランキング」の2021年版が3月に発表され、足立美術館(安来市古川町)が19年連続の1位に輝いた。ランキング1位という足立美術館庭園の存在に隠れがちだが、実は毎年、島根県内の複数の庭園が上位50位にランクインしている。上位の常連の4庭園にスポットを当て、魅力を探った。(Sデジ編集部・吉野仁士)

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 ランキングは専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング(JOJG)」が、2003年に開始した。JOJGによると、審査するのはJOJGで記事執筆を担う、さまざまな国の庭園愛好家約30人。各自が日本の庭園計千カ所以上を訪問し、順位付けした結果を集計して発表する。開始当初は上位の20庭園だったが、10年からは上位50庭園を選んでいる。

日本庭園ランキングを発表している日本庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」 。毎年、島根県の庭園が多数ランク入りしている

 評価基準は庭園の歴史や広さ、知名度ではなく「今、見た時に美しく、心から満足できるかどうか」だという。ランキングの趣旨は隠れた名園を見つけること。「日本三名園」(金沢市の兼六園、岡山市の後楽園、水戸市の偕楽園)といった、歴史のある有名な庭園だけが上位を独占しないようになっている。

 

 ▼最高順位3位の庭園

庭園ランキングで最高3位に輝いた皆美館。枯山水形式で湖を借景にする、日本でも数少ない形式の庭園だ

 創業130年以上、宍道湖畔に建つ旅館の皆美館(松江市末次本町)の枯山水庭園は、今回4位。県内の庭園では足立美術館以外で唯一、19年連続ランクインし、18~20年は3年連続で3位という好成績を収めた。

 皆美館の庭師を約20年務め、県内外100カ所の造園に携わる、庭師の中本孝さん(63)は庭園の特徴について「何と言っても湖を借景にしている点。山や海でなく、湖沿いにある庭園は国内唯一では」と自信ありげに話す。

親子のように寄り添う3本のマツ。いずれも樹齢100年を超えるといい、長く続く親子の幸福な姿を表している。すぐ後ろには大橋川が流れる

 広さ900平方メートル(幅45メートル、奥行き20メートル)の庭園に入ると、白砂青松の形式で、白砂に映えるマツ計15本が並び、奥には宍道湖と大橋川が広がっている。同館によると入り口正面にある、並んだ黒松と赤松をそれぞれ夫と妻、そばにある小さい黒松を子に見立て、仲良く寄り添う親子の幸福な姿を表現しているという。

白砂に描かれた砂紋は、借景でもある宍道湖のさざ波や、皆美グループのマークをイメージしたもの。宍道湖畔という環境を最大限生かすよう工夫されている

 白砂には宍道湖のさざ波をイメージした砂紋が描かれる。波を表現するため、生け垣を3段の高さにするなど、借景を生かす工夫がされている。白砂には飛び石や石畳が敷かれ、石畳の回りにスギゴケでつくった築山が庭園の平面部分を強調し、遠近感を生み出す。ランキングの他の庭園と比べると、庭園としての規模は小さいが、湖と調和した素朴な庭園づくりが評価されている。

スギゴケでつくられた築山。築山をつくって庭園の平面部分を強調することで、庭園全体に遠近感が生まれる

 

 ▼心掛けるのは「変えないこと」

 皆美館によると、創業当時からあった庭園が本格的に整備されだしたのは、大正時代を生きた3代目館主・皆美与蔵氏の時期。皆美氏は文芸や庭園文化に精通し、親交のあった文豪の芥川龍之介、河井寛次郎、川端康成、志賀直哉、島崎藤村らが同館を訪れた。同館には皆美氏が、島根庭園協会の理事と頻繁に交流していた記録が残り、この頃から庭園の確立に力を入れ始めたと推測できるという。

庭園内には最高で樹齢300年とされるマツも。枝の先が垂れ下がった独特の形が、300年の歴史を重ねてきた証だという

 中本さんは同館の庭を初めて見た時、庭園の完成された空間美に感動したという。「庭師としてあれこれ手を加えるより、庭本来の良さを変えないことを一番心掛けている」と話し、落ち葉拾いや除草といった清掃に時間を掛ける。せん定の際には自分のイメージを押し付けるのではなく、枝葉の中で目立つ部分を整える程度でいるという。庭園が広すぎない分、より丁寧に手入れをできるのも強みだ。

 ランキングについては「上位だと鼻高々だが、さらに上位を目指して今のやり方を変えることはない。順位に左右されず、これまで通り庭園の手入れをしたい」と笑った。湖を望む立地と伝統を生かした力強さを感じた。

マツの手入れをする中本孝さん。「順位のためにあれこれしようとすると間違いが起きる。これまで通り、すべきことをするだけ」と優しくほほ笑む

 同館の皆美匡宏常務(30)は「庭園そのものは小ぶりで、庭園専門の施設ではないにもかかわらず、高く評価されているのは光栄。今後もお客さまの満足できる滞在が提供できる旅館を目指したい」と話した。

 

 ▼過去最高順位に輝いた庭園も

2021年の日本庭園ランキングで過去最高の20位に輝いた由志園。約4万平方メートルという山陰最大規模の広大な敷地で、巨大な池を中心に回遊しながら庭園を観賞できる

 大根島の日本庭園由志園(松江市八束町波入)は約4万平方メートルの広大な池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)日本庭園を持ち、今回、過去最高の20位に入った。池泉回遊式は池の周囲を一周しながら庭園を観賞する仕組みで、日本庭園の様式の一つ。由志園は11年から11年連続のランクインで、これまでは19、20年の25位が最高だった。

 庭園に入るとすぐ左手に全体の5分の1を占める巨大な池が広がり、来園者は池を中心に庭園を巡るようになっている。庭園のコンセプトは「出雲の国の箱庭」。入り口横の池を中海、向かいに浮かぶ中島を大根島に見立て、背後に位置する庭園に背の高いマツを配置することで大山を表現している。庭園を見て回ると、途中には宍道湖に見立てた池もあるほか、終盤にある枯山水は大根島の湖岸風景をイメージしている。複数置かれた島石で、湖面からのぞく岩肌を表現するなど、出雲の景観を忠実に再現しようとしている。

中海に見立てた池に浮かぶ中島が大根島。他にも宍道湖や鬼の舌震(奥出雲町)の景観など、庭園全体で出雲地方の各地を再現している
庭園終盤にある枯山水。園主が昔見た大根島の湖岸風景を、島石を複数置くことで再現した。

 庭園には名物の250種2万本のボタンをはじめ、赤松やアジサイ、サツキ、スイレンなど100種類以上、数千本の植物が息づき、多くが手を伸ばせば届く近さにある。春はボタン、夏はショウブ、秋は紅葉、冬は寒ボタンと、一年を通して異なる庭園の景色を楽しめる。

庭園内は人の手で造り出されたとは思えないほどの、美しく雄大な自然が広がっている

 

 ▼庭園の質向上に新システム

 由志園によると、庭園は初代園主の門脇栄氏が、大根島の美しい風景に着目して考案した。当時は島の女性が、ボタン苗の販売で全国を歩く必要があったため「女性が行商に出なくてもいいよう、全国から観光客が来る庭園を造ろう」と、1967年に着工し、75年に開園したという。

 樹木のせん定や虫の防除、植え替えなどを通して、昔ながらの景観を維持してきたが、2019年に全ての樹木一本一本に関する記録を、データベース化して管理するシステムを導入した。従来は5人いる庭師各自の記憶頼りだったが、いつ、誰が、どんな手入れをしたかを写真付きで記録することで、植物が病気になった際にも即座に対応できるようになったという。

アグリノートの管理画面。マークがある部分は全て園内の樹木だ。樹木の状態を詳細に記録することで、より良い状態を保てるようになった(由志園提供)

 門脇竜也常務(43)は「システム導入以降、植物をより良い状態でお客さまに見ていただけるようになった。順位上昇の一因かもしれない」と分析した。

 庭師の菅沼大介さん(43)は「いろいろな庭園がある中で、当園が評価されたのは庭師として誇りになる」と喜ぶ。普段のせん定の際には作業を中断して、客が花木を眺めるのと同じ場所、角度に何度も立ち、客目線で感じる美しさを忘れないようにしていると言い「ランキングに恥じないよう、より美しい庭園になるように心掛けて整備したい」と意気込んだ。

「入園客目線での美しさ」という視点を、庭師自身がいつまでも忘れずに持っている点が、ランキングで評価されている要因の一つなのかもしれない

 

 <下>では同じくたびたび上位にランクインする、湯之助の宿・長楽園(松江市玉湯町玉造)と康国寺(出雲市国富町)について紹介する。