米国の庭園専門誌が発表する「日本庭園ランキング」で島根県の庭園が上位50位に毎年、ランクインしている。皆美館(松江市末次本町)と由志園(松江市八束町波入)に続いて、湯之助の宿・長楽園(松江市玉湯町玉造)と康国寺(出雲市国富町)の魅力を紹介する。(Sデジ編集部・吉野仁士)
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▼高い木々が並ぶ理由

日本最大級の混浴露天風呂があることで有名な創業150年以上の旅館、長楽園は2010年から12年連続のランクイン。今回は27位だったが、最高順位は12、13年の17位で、根強い人気がある。
長楽園によると、庭園の広さは3万平方メートルで、建物以外の敷地はほぼ全てが庭園。旅館のロビーから見える中庭(300平方メートル)には白砂の枯山水庭園が広がり、点在する置き石の周辺に描かれた砂紋は、出雲大社本殿の天井に描かれている「八雲之図」に見立てたという。庭園の一部では出雲地方に伝わるまが玉をコケで形作った場所があり、県外からの宿泊者が出雲の歴史に思いを巡らすことができるように工夫されている。

回遊式庭園の通路に敷き詰められた白い玉砂利を歩くと、通路の両側には背の高いマツを中心に、100種類2万本の木々が立ち並ぶ。温泉旅館という性質上、客室から温泉が見えないよう、木はあえて高く成長させ、せん定では葉を多く残す。玉砂利の白と樹木の濃い緑が非日常的な空間を生み出し、宿泊者が庭の中を歩くと旅をしている気分になれるよう、意図して造ったという。

離れにある、昭和天皇が宿泊した御座所の庭園では、格式ある木造の御座所を守るように、背の高いサクラやマツの木が並ぶ。御座所の縁側に座ると、眼前には飛び石が浮かぶ池が広がり、周囲の背の高い樹木と織り成す立体的な造形は、空間アートだと感じる。

▼庭師との会話も魅力
庭園の整備が本格的に始まったのは、7代目社長の長谷川正司氏が旅館を切り盛りした1950年ごろのこと。それまで庭園は3分の1が果樹園だったが、庭園文化に精通した長谷川氏の提案で、敷地のほとんどを庭園として整備することになった。
長谷川氏の庭園へのこだわりは強く、庭師には「全客室から庭園が眺められるように」「鳥が偶然、庭に実を落として自然発芽した苗でさえ、育てて大きくしなさい」といった教えが残っているという。庭師はそんな思いのこもった庭園を守るため、せん定に電動工具は使わず、必ずはさみで細かな部分まで手入れし、柔らかな輪郭の木立になるよう心掛けている。

庭を巡る宿泊客と、木々や庭師との距離が近いのも魅力の一つ。作業中の庭師と雑談したり、せん定の仕方について質問したりする客は多いという。高永佳明支配人(51)は「旅館だが、客室だけでなく庭園も自慢の一つ。評価されるのはうれしいが、ランキングの枠にとらわれず、今後も見た人に感動してもらえる庭園を目指したい」と話した。
▼寺院もランクイン、茶の湯文化が影響か

山陰両県の寺院で唯一、ランクインを続ける康国寺。2003、14、15年を除く計16回、上位50位に入り、最高順位は05年の8位。他の庭園と比べ、庭園を積極的に広報していないにもかかわらず何度もランクインする、知る人ぞ知る名園だ。
庭園は大名茶人として知られる松江藩7代藩主、松平不昧公のお抱え庭師、沢玄丹が、1830年から3年半かけて築いたと伝わる。寺の書院に入ると、縁側の先には、左手に広がる雄大な旅伏山と貯水池を借景にした、白砂の枯山水(約850平方メートル)を臨むことができる。右手にある庭園は茶道の影響を強く受けている。茶人が庭園を通って茶室へ向かうために歩く、白砂に敷かれた多数の飛び石そのものが庭園の主景になっている。

庭園奥に5本のクロマツを立てることで、左手の池周辺に茂る樹木と対になり、見る人に一層の明るさと雄大さを感じさせる。また、庭園右手にはきれいに丸くせん定された、高さ5メートルほどの大きなオガタマの木を配置し、庭園全体に奥行きを与えている。借景を除けば、主に枯山水とマツ、飛び石のみで構成する、質素かつ洗練された庭園と言える。

▼ランキング契機に拝観者増
庭園は寺の裏手にあり、正面からは全く見えない。高橋英俊住職(42)によると、庭園ランキングが始まった頃から、庭園目当てで訪れる人が目に見えて増え始めた。寺に入って初めて庭園を見た拝観者は、表からは予想できないほどの庭園の雄大さに、一様に驚きの声と上げるという。

庭園に長い歴史がある半面、造園の意図や詳細については記録が少ない。高橋住職の祖父母の代ごろまで長く語り継がれてきたが、高橋住職が庭園について詳しく聞く前に亡くなり、詳しい情報が残っていないという。
現在は地元の造園業者が、庭園を維持するための手入れを続ける。高橋住職は「有名な庭園でもないのに毎年、評価してもらい、励みになる。拝観者のためにも、庭園の知識を付けつつ、今後も景観を守り続けていく」と話した。

▼名園はなぜ島根に多い?
国内各所に有名な名園がある中、島根県内の複数の庭園がランクインを続けるのはなぜなのか。
庭園文化を研究する日本庭園学会の会員で、造園会社でつくる出雲流庭園保存会副会長を務める竹田和彦さん(47)は、出雲地方のせん定技術の高さを挙げる。出雲地方のマツはもともと品質が良く、昔から庭木としてよく使われ「地域で古くから造園に携わってきたことで、せん定技術がより発達したのでは」と推測する。
続けて、島根県内は自然が豊かで、借景とした際に庭園と調和して見栄えが良くなることが多い点も指摘する。確かに、皆美館の宍道湖や康国寺の山と池など、雄大な自然を生かした庭園がほとんどだった。竹田さんは「島根の自然そのものが庭園の演出要素になっており、眺めた時にまるで絵のように美しく映える。結果的に、島根のあらゆる環境が庭園文化の発達に適していたと言える」と結論づけた。

庭園ランキングの意義について、国内の庭園1600カ所以上を巡り、各庭園の情報と写真を掲載するウェブサイト「おにわさん」(SNSフォロワー計4万人以上)を運営する、イトウマサトシさんは「有名な庭園ばかりでなく、全国各地から新旧含めた名前が多数並ぶことに非常に意義を感じる」とする。
ランキングができる以前は日本庭園を紹介する雑誌や書籍が出ても、載るのは最高100カ所ほどで、そのうち約半分は京都府の有名庭園が占めたと言い「ランキングを知って、初めて日本庭園が1000カ所もあると知った。(ランキングは)熱心に日本庭園の情報発信してくれるとても貴重な存在」と熱弁する。
島根県内の庭園が評価される理由については、独特の庭園文化が形成されてきた点を挙げる。県内では松平不昧公が広めた、茶の湯から発展した「出雲流庭園」の文化に加え、昭和時代には足立美術館や石照庭園(雲南市木次町平田)のように、京都府や東京都など県外の造園家との合作で造られた庭園がある。県内の庭園に多い、白砂の枯山水形式は欧米でも人気が高く、SNSで島根県の庭園を投稿した際、国内外から多くの反応があると言い「島根の庭園は特に欧米人好みの造形だと推測できる。私個人の目線で見ても出雲流庭園はとても素晴らしく、もっと有名になってほしい」と話した。
島根県の庭園には世界に誇れる素晴らしい財産がたくさんある。ランクインした庭園以外にも、地域ごとに特色ある庭園文化が根付いている。伝統文化と豊かな自然が持つ魅力の大きさにあらためて気付かされた。