太平洋戦争末期の空襲の記憶を伝える安江英彦さん(中央)と宍道香穂記者(右)=米子市両三柳、米子市立加茂小学校
太平洋戦争末期の空襲の記憶を伝える安江英彦さん(中央)と宍道香穂記者(右)=米子市両三柳、米子市立加茂小学校

 太平洋戦争末期に山陰であった空襲被害を学ぶ講演会が24日、米子市立加茂小学校(米子市両三柳)であった。空襲にあった列車を間近で目にした安江英彦さん(87)=松江市竹矢町=が6年生約80人に自身の経験を伝えた。

 戦争体験者の証言をまとめ山陰に残る戦争の記憶を動画と記事で伝えた企画「山陰が「戦場」になった夏」(山陰中央新報社、ヤフーニュース共同取材)を元に同校が企画。児童に地元に残る空襲の記憶を伝えようと、安江さん、取材を担当した山陰中央新報社の宍道香穂記者を招いた。

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 終戦間際の1945年7月28日、国民学校4年生(9歳)だった安江さんは米子市淀江町の自宅付近で、機銃掃射による空襲被害を受けた列車を目撃した。列車のデッキに死体が折り重なっていたことや車内に娘の死体を見つけ、取りすがって泣く女性を見て胸を痛めたことを伝え「死体や流れる血、悲しむ人々を見て、戦争の厳しさを感じた」と話した。

 ロシアによるウクライナ侵攻で小学校などが攻撃されていることを受け、安江さんは「戦闘員だけでなく、市民も巻き込まれるのが近代戦争の恐ろしさ」と訴えた。宍道記者は「山陰地方が決して戦争と無関係ではないのだと知る機会。今日感じたことを、周りの人にも伝えてほしい」と話した。

 6年生の尾■(崎の大が立の下の横棒なし)帆香(ほのか)さん(11)は「平和学習では広島や長崎の出来事を中心に調べているが、話を聞き、身近な場所でも被害があったのだと分かった」と話した。