3月までの2年間、大阪大医学部付属病院(大阪府吹田市)で病院長を務めた土岐祐一郎同大医学部教授(61)=消化器外科学、松江市出身=がこのほど、松江市内で講演し、コロナ医療の最前線での経験を伝えた。土岐教授はワクチン接種が進み、感染者への治療法が確立してきたことから、高齢者施設への対策が整えば6波以降の波を抑えられるとの見方を示した。講演の内容を詳報する(講演は6月9日)。(情報部・広木優弥)
新型コロナウイルスの状況や問題は、地域によって全く異なる。大阪の話が中心なので、島根の人にどこまで参考になるかわからない。大阪は死亡者が多く厳しい状況が続いた。6波以降の参考にしてもらえればと思う。
大阪で6波が落ち着いた要因はワクチン接種が進み、感染した人と合わせて抗体を持つ人が6割以上になり、集団免疫を獲得したと見ている。コロナウイルスは変異を繰り返し、オミクロン株はワクチン接種で重症化は防ぐが感染は防げなくなっている。ウイルス自体の脅威は変わっていないので、引き続き注意が必要だ。大阪では若い世代から高齢者に感染が広がっている。若い世代は症状のない人が多いが、高齢者は重症化するので感染を食い止めなくてはならない。
◇超重症患者に対応
大阪の感染者数は日本全体と傾向は同じで、波によって増減があった。都道府県別で一番多かった死者は、4波と6波がピークだった。4波は比較的若い人、6波は高齢者が多かったのが特徴だ。
コロナは軽度から超重症まで症状に段階がある。複数の症状を一つの病院で診るの効率的でない。大阪は府が一括で、症状別に患者の搬送先を振り分けた。このシステムは途中までうまくいった。
私の大阪大病院は人工心肺装置「ECMO(エクモ)」が必要な超重症患者を専門で診た。集中治療室(ICU)で濃厚な治療を施し、少しでも良くなったら府立の「重症コロナセンター」や他の病院に転院させた。250人を診て、9割以上の救命率だった。
特に効果があったのはECMOと「うつぶせ療法」。うつぶせ療法は、半日に1回、患者のうつぶせとあおむけを入れ替える方法。これで肺の炎症を均等に散らすことができた。
◇4波は医療大混乱
大混乱したのは2021年春の4波。変異したアルファ株は感染力も重症化率も高く、それまでの療法では立ちゆかなくなった。搬送先振り分けセンターや、ほとんどの病院の機能が停止した。そして40、50代の患者が家で重症化し、そのまま亡くなる、もしくは酸素センターで病床待ちするという状態になった。
大型連休前、大阪大病院もいよいよまずくなった。そこで、脳死移植やがん手術を止め、30床あるICUのすべてをコロナ患者用にすることを決断した。2週間頑張れば波は収まるだろう、との判断だった。結局4波は、ワクチン接種が広がることで収まりを見せた。
一方、同年末からの第6波は感染力は強いが、重症率は低い。重症化するのは基礎疾患がある人と高齢者だった。ただ、初期に中等症の若い人で病床がいっぱいになり、リスクが高い高齢者の病床がなくなったことが問題だった。
高齢者は感染から6日以内に病院に行かないと、あっという間に命を落とす。高齢者施設のクラスター発生などで、コロナという診断を待たず亡くなる方が多かった。6波では、死亡者の7割以上が80代以上だった。若い人と高齢者の対応がちぐはぐになってしまった。感染者が医療に届けば、さまざまな治療法があり、命を救えたはずだ。医療崩壊で高齢者の命を救えなかったことを後悔している。
◇日本の医療の弱点
コロナ禍で一番言われたのは「なぜ重症ベッドを増やさないのか」ということ。医療はサボっているんじゃないか、とも言われた。結論から言うと、機械も場所もあったが、人がいなかった。医療が専門化し、細分化されすぎた日本では急いで対応できなかった。
国からの対策全てが「要請」だったこともある。風評を心配し、私立病院や開業医は、コロナを診ないという施設もあった。
重症コロナは移植やがん手術などを止めなければ診ることができなかった。国も含め、他の医療を止めていいという指示はなく、ひたすら「コロナを診ろ」とだけ言ってきた。コロナと一般の医療をどうするのか、誰も教えてくれず難しい判断だった。
ポストコロナを考えると、地方は追い風にできるのではないかと思う。地方への移住を考える場合、子どもの教育が重要で、教育の重点化が進むなら、地方の活性化はできるのではないか。
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講演後は、集まった約50人の質問にも答えた。
日本でも都市封鎖(ロックダウン)をすべきだったかという問いには、封鎖は効果があるとした上で「日本は民主主義で、つらい思いをしても個人の権利を守りたい国」として、ギリギリまでしない方法を探るべきとした。ただ、一定の強制力で人の流れを止めれば、短期間で感染拡大を食い止めることができ、休業補償などの多大な財政出動をしなくてすんだのではないかとの考えも示した。
「第7波は来るのか」については、国は高齢者施設と担当医療機関のひも付けを急いでいるとし「施設内でクラスターなどが出たときの対応法を考えておくことが、波を小さくするのに重要になる」と話した。
治療については「抗体点滴など効果が大きいものはあり、コロナと闘う武器はそろってきた」と現状を説明。その上で「インフルエンザにおけるタミフルのようにはまだなっていないが、治療薬が出てきており、家庭の常備薬くらいまで供給量が上がると、先は明るくなる」とした。
コロナの医療については「オミクロン株は症状が軽いとはいえ、インフルエンザと比べて高齢者を中心に、まだまだ圧倒的な死亡率」と取り巻く状況を説明。議論がある感染症法上の扱い変更は「高齢者をサポートする体制ができるまでは手を緩めるべきではない」と、現状を維持すべきだとの見方を示した。
最後に自身の専門の食道や胃の消化器系について、コロナ禍で健診を受けず、進行がんになっているケースが多いとし、食道や胃のがんは進行が速く、早期発見がいいとし、健診の受診を止めないようにと助言した。
略歴 どき・ゆういちろう 松江北高卒、1985年大阪大学医学部卒業、1993年より米コロンビア大Presbyterian癌センター留学、2008年大阪大学医学部医学系研究科外科学講座消化器外科教授、2020年4月から大阪大医学部付属病院病院長。