ロシアのプーチン大統領がウクライナ東南部4州の併合を宣言した。ことし2月にロシアが始めた侵略戦争は、核兵器使用の危険性をはらみつつ新たな局面を迎えた。国際社会は、追い詰められたプーチン氏の動向を慎重に見極めつつ、独裁者のさらなる暴走に備えなければならない。

 プーチン氏が併合の根拠としたのは、4州で親ロシア派が強行した「住民投票」だ。いずれも87~99%の高率でロシアへの編入が支持されたと主張している。だが「銃口を突きつけて実施した偽の住民投票」(先進7カ国外相声明)には、法的根拠も有効性もない。

 米国、G7、北大西洋条約機構(NATO)が激しい言葉で批判したのは当然だろう。2014年に住民投票の結果を理由としてクリミア併合を強行した同じ手口で体裁を整えたに過ぎない。

 見え透いた「茶番劇」であるのに笑えないのは、既に多大な犠牲と破壊をもたらしたウクライナ侵略が、さらに深刻な段階に移行するからだ。

 欧米はウクライナ軍がロシアの領土を直接攻撃して、その結果として戦争が拡大する事態を避けるため細心の注意を払ってきた。射程の長い兵器を供与しなかったのも、その表れである。ウクライナ軍も、あえて一線は越えなかった。

 しかし、現実の戦場となっている4州をロシアが自国の領土と宣言したことで事情は一変する。プーチン政権は20年に核兵器使用を可能にする四つの条件を定めた。その一つに「通常兵器を用いた侵略によって国家が存立の危機にひんした時」がある。日々の戦闘を「通常兵器を用いた侵略」とみなし、無理やり「国家存立の危機」をでっち上げることが、言葉の上では可能になった。

 プーチン氏はこれまでも「核の威嚇」を繰り返してきた。併合宣言により核使用の現実味は増し、いざとなれば「切り札」に頼る瀬戸際まで追い込まれたとも言える。国際社会とウクライナは、戦争の局面がはっきり変わった事態を踏まえ、改めて結束を図らなければならない。

 ロシア産天然ガスの不足で、欧州でエネルギー危機が懸念される冬場が迫る。プーチン氏は核使用をちらつかせた瀬戸際戦術を駆使して、欧米のウクライナ支援体制を揺さぶる構えだ。

 この冬は、プーチン氏と欧米、日本の指導者の我慢比べとなる。私たちはエネルギー不足や物価高騰、国内の諸問題に対処しつつ、ウクライナを支え続けねばならない。

 プーチン氏は併合宣言に際し、米国を中核とする「西側集団」による「新植民地モデル」を批判した。だが、ウクライナを植民地にしようとしているのはロシアである。プーチン氏が抱く領土拡大の野心に正義の裏付けがないことは、戦場行きを免れるために、国民の国外脱出が相次ぐ現実が示している。

 英国国防省によれば、ウクライナ侵攻にロシアが当初動員した兵士の数を上回る国民が国外に逃れたという。独裁者が主導する無謀な戦争に、国民は必ずしも納得していない証左ではないか。

 報道統制で世論調査の数字は操作できても、人間の心は支配できない。長期独裁の矛盾が戦争で露呈しつつある。体制の空洞化を覆い隠すために、プーチン氏がいっそう過激化する事態を警戒したい。