旭日中綬章を受けた漫画家の萩尾望都さん
旭日中綬章を受けた漫画家の萩尾望都さん

 ふと読みたくなる漫画がある。萩尾望都さん(73)の『トーマの心臓』だ。ドイツの高等中学を舞台に、少年たちが試練の中で愛や許しを知り、進む道を叙情的に描いた名作。高校3年の2学期、級友が読んでいた▼萩尾さんは「花の24年組」と呼ばれる昭和24年前後生まれの少女漫画家の一人。永遠に生きる吸血鬼の少年を主人公にした『ポーの一族』に派生し、クラスに萩尾ブームが起きた。受験を控え鬱屈(うっくつ)する中、異世界への憧れと哲学的要素を含む作品の真意が理解ができないからこそ、引かれた▼大人になって読み返すと、主人公たちが抱える圧倒的な孤独に打ちのめされる。社会や組織の中で生きるうちに蓄積した違和感や疎外感が、登場人物の心情とようやく同調したのだろう。テレビ番組で萩尾さんは生い立ちに触れ、「日本の教育文化は、落ちこぼれは心がなく否定してもいいと思われているが、される方は心があるからつらい」とポーの一族を描いた理由を説いていた▼複雑な家族関係など人間の精神性を突き詰めた作品が多い萩尾さんにとって、創作は自身の心の整理になっていると言う。同じ境遇にある人は作品を読むことで、どこか救われる面があると思う▼先日、萩尾さんが旭日中綬章を受章した。これからも新旧含めた萩尾作品を楽しみたい。ちなみにクラスに萩尾さんを広めた級友は、漫画家として第一線で活躍している。(衣)