首相官邸で開かれた、防衛力強化に関する政府の有識者会議=21日午前
首相官邸で開かれた、防衛力強化に関する政府の有識者会議=21日午前

 岸田文雄首相が表明している今後5年間での防衛力の抜本的強化に向けて、政府が設置した「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」(座長・佐々江賢一郎元駐米大使)が首相に報告書を提出した。

 自衛隊の装備・態勢の整備・強化だけでなく、「経済力を含めた国力を総合して対応していくことが重要」だと強調。相手国のミサイル発射基地などを攻撃する「敵基地攻撃能力」(反撃能力)の保有を求めるとともに、官民一体での研究開発や自衛隊の公共インフラの利用促進など、あらゆる分野での防衛態勢の強化を提言している。

 さらに防衛費増額の財源は国債ではなく「安定した財源の確保」を提唱、「幅広い税目による負担が必要」と、増税の検討を求めている。

 確かに、中国の軍備拡張や北朝鮮の核・ミサイル開発など日本を取り巻く安保環境は厳しさを増している。ただ、日本の安保政策は憲法9条の下、「専守防衛」を基本に抑制的な防衛力の整備を進めてきた。

 だが、会議の議事要旨に「今の緊急的な情勢の中で、ジャンプしていく努力が必要」との発言があるように、報告書からはこの際、「歯止め」を飛び越えて防衛態勢の整備を進めるべきだという意識がうかがえる。戦後の安保政策の抜本的な転換と防衛費増を賄う増税に国民の理解が得られるのか。専守防衛の在り方を含め、安保政策の根幹を改めて議論すべきだ。

 岸田首相は報告書を踏まえ、自民、公明の与党協議を経て外交・安保政策の長期指針となる「国家安全保障戦略」など三つの文書を年内に改定する。近隣諸国との緊張を高めず、国民の理解も得られる指針を示せるか。首相の最終的な判断が問われることになる。

 報告書は、敵基地攻撃能力に関して「能力の保有と増強が抑止力の維持・向上のために不可欠」と指摘。敵の射程圏外から攻撃できる国産の「スタンド・オフ・ミサイル」の装備加速や外国製ミサイル購入などで5年以内に「十分な数のミサイルを装備」するよう求めている。

 さらに、研究者の間に軍事転用への懸念がある研究開発に関し、宇宙、サイバー、AIなど最先端技術も含め官民一体で進める仕組み作りを提言。自衛隊と海上保安庁の連携強化や防衛装備品の積極的な輸出も盛り込んだ。「抑制的」な姿勢を大きく転換させる内容だ。

 一方、財源に関しては、歳出改革による捻出に努めるとしながらも、足りない財源は「国民全体で負担」するよう求めた。自民党内には国債発行の主張もあるが、報告書は国債依存を否定した。

 有識者会議は、外交、防衛だけでなく経済や科学技術の専門家も交え、計10人で構成された。自民党の国防関係議員らの議論が防衛装備の強化や予算増額に偏りがちな中で、会議の設置は安定財源として増税の必要性を打ち出すことが目的だったのではないか。政府側からは切り出しにくい「高めのボール」を有識者が投げることで政府、与党の増税論議に道筋を付けようという狙いだ。

 だが、国民は今でも多くの税金を納めている。巨額の費用がかかる敵基地攻撃能力などが本当に抑止力として機能するのか。厳しい財政事情の中で真に必要な装備と予算を精査し、財源の在り方を検討する必要があろう。