2022年8月に96歳で亡くなった島根県吉賀町出身の世界的ファッションデザイナー・森英恵さんの追悼展が、益田市有明町の島根県芸術文化センター・グラントワで開かれている。日本のファッション界を引っ張り、時代を彩った森さんの華やかなドレスを間近で見る絶好の機会。新年を迎えた晴れやかな気分で、森さんのデザイン力と細やかな技術が光る衣装を見て足跡をたどってみてはいかがだろうか。 (益田総局・藤本ちあき)
森英恵さんは戦後間もない1951年から服作りを始め、オートクチュールのほか、映画衣装や既製服などの制作を長年続けた。トレードマークのチョウは古里の原風景から着想を得たという。「ファッション」を収蔵の柱とする同館に協力し助言。2015年には女性アテンダントの制服デザインを手がけた。
今回の展示では、世界で活躍した森さんの米国やパリ時代に制作したドレスや、女性たちを引きつけた映画衣装や既製服など32点が並ぶ。見どころを森さんと20年来の親交があった同館の南目(なんもく)美輝・学芸課長(51)に紹介してもらった。
65年に米国でハナエ・モリのコレクションを発表する前年、森さんはラスベガスであった国際ファッションフェスティバルに作品を出品していた。純金を織り込んだ帯地を使った日本らしさのあるワンピースとコートのセットアップだ。目を引く色彩に南目さんは「形はシンプルながら生地を生かす若々しいデザイン」と解説した。これが海外で発表した最初期の作品になる。
▼舞台はパリへ
77年には、パリのオートクチュール組合に東洋人として初めて加盟し、活躍の舞台はモードの殿堂・パリへと移る。80年代から2004年最後のコレクションまでのドレスが並ぶ中、特徴的なのは、シフォンやサテン生地の軽やかさだ。南目さんは「同じ柄や生地を重ねることで動きを出す。一つのスタイルとして追求してたのが分かる」と分析した。

さらに日本を飛び出したことで自分のアイデンティティーや日本らしさを掘り下げ、制作に反映しているという。実際に、浮世絵や鶴といった日本人になじみ深いモチーフが見られる。森さんが引退する04年春夏のコレクションのイブニングドレスにはまるでふすま絵のような虎と竹が描かれ、スパンコールやビーズできらりと光らせる。

虎の足元の波は重ねたフリルで表現され、トレードマークのチョウも胸元に飛ぶ。色の派手さはないものの細やかな工夫がちりばめられ、南目さんは「着る服が主役だとよく言っていた森さんらしい」とした。デザインと細かな技術の組み合わせが目を引く。

ドレス以外にも、日中に着るスーツも制作。黒のジャケットとタイトスカートのスーツは、一見シンプルながらよく見ると、日本の伝統工芸や建築に用いられる網代(あじろ)編みになっている。森さんは黒色を特別視していたようで、色彩に頼れないためエネルギーがいると話していたそうだ。

1966年に制作した映画「二人の世界」で女優・浅岡ルリ子さんが着用した衣装も、薄いピンク色のちりめん生地に麻の葉柄がビーズで刺しゅうされている。ビーズはベースの生地となじむように下に向けて透けていき、その丁寧な手仕事がオートクチュールにもつながる。
▼流行通信
森さんが東京都内に構えていた自身の店で、月に3回配っていたフリーペーパー「森英恵流行通信」は、世界のファッション界の流行を紹介していた。特に南目さんが「好きなんです」と笑顔で話すのが、毎号裏面に掲載されているコーナー「私の一日」。森さんの一日の出来事が日記のようにつづられており、多忙さや家族との時間を大切にする一面などが垣間見える。「文章も面白くてどんどん読み進めてしまう。英恵さんを身近に感じられるのでは」とおすすめした。

きらびやかで華麗なドレスとともに、日本ファッション界をけん引した森英恵さん。その多彩な仕事ぶりが体感できる今回の追悼展は、一見の価値がある。
追悼展は29日まで。