ロシアのプーチン大統領が議会への年次報告で、米国との新戦略兵器削減条約(新START)の履行を一方的に停止すると発表した。ロシアによるウクライナ侵攻から24日で1年が経過する。世界で核弾頭の約9割を保有する米ロの戦略的安定の根本を著しく損なう行為は許し難い。
国際条約の不履行は新たな「核のどう喝」だ。世界の安全に責任を負う国連安全保障理事会の常任理事国として自らを辱める行為と言える。「目的」と設定したウクライナ東部完全制圧が達成できない焦りの表れともみられる。
ただ条約からの離脱は否定しており、首の皮一枚でつながった状態だ。条約の制約から米国を解き放てば、自国の核戦力が劣勢となる懸念があるのだろう。手詰まり感が生んだ苦し紛れの一策らしい。
ウクライナ侵攻から1年近くが経過して、分かったことと分からないことがある。
プーチン氏は短期決着の見通しを誤り、重大な失敗を犯した。だが年次報告の内容をみる限り、一歩も引く構えはない。領土奪還を目指すウクライナも徹底抗戦の姿勢を崩さない。紛争は核の暗い影を帯びつつ、長期化が必至の様相だ。
他方で誰も明確な答えを出せずにいるのが、戦争を終わらせ、恒久的な和平を築くための出口戦略である。
ウクライナは軍事力で圧倒的に勝るロシアを押し返し善戦している。だが継戦能力は欧米の軍事支援にかかっている。2国間の地域紛争は、ロシアと欧米の間接戦争の様相を呈している。
米国のバイデン大統領はウクライナの首都キーウ(キエフ)を電撃訪問し、軍事支援や制裁の強化と継続を約束した。北大西洋条約機構(NATO)や、日本が議長国を務める先進7カ国(G7)も、支援で結束を誇示した。
ロシアの侵略は、武力による主権の侵害と領土の強奪である。占領地でロシア軍が犯した戦争犯罪や、多数の子供をロシアに拉致した暴挙も見逃せない。ウクライナは歴史的にロシアの領土というプーチン氏の主張を、そのまま認める国は皆無に等しい。
この事実を踏まえれば、欧米の軍事支援が最新式戦車の供与にまで至ったのは当然である。各国がそれぞれの事情を抱えつつも、団結を誇示した成果を評価したい。
しかし、戦争はウクライナの国民のみならず、無理やり動員されたロシアの兵士の命をも大量に奪い続けている。プーチン氏の「致命的な誤り」(バイデン大統領)が自国民をも犠牲にしているのだ。世界経済や途上国の食糧事情への悪影響も極めて深刻である。
プーチン氏が新STARTの履行停止を発表した際、会場に熱狂的な支持の雰囲気はなかった。欧米の「支援疲れ」と同様に、ロシアにも「戦争疲れ」が兆しているのではないか。
フランスのマクロン大統領はミュンヘン安全保障会議で「今は対話の時ではない」「支援を強化してウクライナ軍の反撃を助ける必要がある」と述べた。そして軍事支援だけが「確かな交渉」を実現する唯一の道であるとの見解を示した。
軍事支援はウクライナの主権を奪回する決め手であると同時に、和平達成の手段であることも忘れてはならない。