政府が次期日銀総裁として国会へ提示した元日銀審議委員で経済学者の植田和男氏が、衆院での所信聴取に応じ、当面は今の大規模な金融緩和を続ける意向を表明した。10年にわたる「異次元緩和」は弊害が目立ち修正を避けられないが、それは経済活動や金融市場に大きな影響を及ぼしかねない。次期総裁には丁寧な政策運営を心がけてもらいたい。
衆院は植田氏に加え、新しい2人の副総裁候補として前金融庁長官の氷見野良三、日銀理事の内田真一の両氏からも所信を聴取した。内閣は衆参両院の同意を得た上で正副総裁に任命する。
現在の黒田東彦総裁は2013年に就任。再任を経て今年4月上旬に、副総裁2人は3月中旬に任期を終える。
黒田総裁が率いた異次元緩和は、デフレ脱却を掲げるアベノミクスの主柱として13年4月にスタート。「2%の物価上昇目標を2年で達成する」として、国債や上場投資信託(ETF)を大量購入する緩和策に踏み切った。しかし目標は実現せず16年に短期金利をマイナス0・1%、長期金利を0%程度に抑える緩和策を追加し現在に至る。
長期に及ぶ異例の超低金利政策は、低成長の日本経済を下支えする一方で、国債発行への抵抗感を薄れさせ財政運営の緊張感が低下。加えて円安の進行をはじめ、株価や金融市場のゆがみ、低競争力企業の温存など多くの弊害を生じている。
インフレが足元で4%を超えながら「賃上げを伴う物価上昇ではない」と手を下そうとしない日銀に国民の不満は募っており、聴取でも今の金融政策や副作用への見解に質問が集中した。
その中で植田氏は、物価動向について、資源高など輸入コスト増によるインフレは上昇率の低下が今後見込まれるため「2%目標の達成にはなお時間を要する」と強調。現在の政策の継続が適切と訴えた。
国内景気は新型コロナウイルス禍から脱しつつあるものの、不透明感は強く、緩和的な金融政策を続ける考えは理解できる。国民が聞きたいのは、その場合であっても過去10年間のような政策が必要かどうかだ。
植田氏は、現在の長短金利操作が「さまざまな副作用を生じている面は否定できない」と指摘。大量購入したETFを「今後どうしていくかは大きな問題」と言及した。
国会同意を控え慎重な言い回しながら、異次元緩和に多くの弊害があることを認めた格好であり、率直な姿勢を評価したい。当面は大規模緩和を続けざるを得ないとしても、明確な問題意識が将来の政策修正や正常化につながるからだ。
2%目標の早期実現を日銀に迫った政府との共同声明については、目標達成がまだ見通せないことを理由に「直ちに見直す必要があるとは考えていない」と語った。ただ一方の岸田文雄首相は、見直しの是非を新総裁と協議する考えを示している。この間の緩和策の功罪を検証し、より適切な政策連携に改める好機と捉えるべきだろう。
黒田日銀では軽視されがちだった国民への平易な説明や市場との対話の改善も新総裁の課題となる。この点を問われた植田氏は「国民に分かりやすい説明を心がけていきたい」と明言した。それが新生・植田日銀のカラーとなることを望んでいる。