出水期を迎え2018、20年の豪雨で2度氾濫した江の川の流域住民が不安を募らせている。堤防整備の遅れはもとより、行政との意思疎通の少なさに不満がくすぶる。国土交通省と島根県、流域市町が今春設けた「流域治水推進室」は河川整備とまちづくりを一体にしたプランを練る。地域の未来を左右するだけに、民意の反映は大前提。スピード感と両立させつつ丁寧な対話が求められる。 (江津支局・福新大雄)
「夏が近づくと、心が落ち着かん」。江津市桜江町川越の加藤哲さん(76)がため息をついた。川沿いの自宅は堤防の未整備箇所があり、洪水のたびに被災した。整備を再三訴えたが、遅々として進まず、いらだちを募らせてきた。
進まない工事もだが、意思疎通の少なさに不満が膨らんだ。「行政と住民が顔を合わせるのは、年数回の説明会だけ。相手の考えが分からず、住民が声を上げる場もなかった」。
声を上げにくい
住民に近い基礎自治体と組んだ推進室の設置には当然、丁寧に民意をくみ取ろうとの狙いがある。国交省出身の大久保雅彦推進室長は「自治体と地元の事情をきめ細かに把握し、プランをつくりたい」と説く。
説明会という従来の手法に加え、住民アンケートも取り入れる。さらに18、20年の豪雨で2度浸水した江津、川本、美郷3市町の15地区には、それぞれ行政と自治会長ら住民代表の協議会を設けた。会合を重ね、プラン作成や事業の進み具合を説明しながら民意を問う考えだ。
川のほとりに住む江津市桜江町大貫の渡崇さん(55)は「住民の思いをしっかり聞いてほしい」と語る。17年に新築した自宅が18、20年と浸水。壁や床を張り替え、被害額は2千万円近い。やるせなさは募るが、先祖の墓や田畑を守るため地元に居続けると決意しプランに関心は高い。
気掛かりなのは、どの地区も高齢化が進んで独居世帯も多く、声を上げにくい住民が少なくないこと。「各世帯を回り、声を発しにくい人の話も聞いてほしい」と注文。国や自治体が踏み出したのを評価しつつ、もう一歩、地域に入り込むよう望む。
定住や産業振興
一つ一つの地区に焦点を当てるとともに、流域全体を俯(ふ)瞰(かん)する視点もプランには欠かせない。巨大な堤防建設や広範囲の宅地かさ上げ、複数の家屋が転居する集団移転といった治水事業は、流域全体の将来像抜きには考えられないからだ。
地区ごとの協議会とは別に住民と行政、専門家が定住や産業振興までにらみ、流域の持続発展を描く場があってしかるべきだ。
ところが、そうした仕組みは、まだ見えてこない。
住民に、わが地区だけでなく、流域全体を見渡した治水とまちづくりについて、意見を求めるのも一つの方法だ。流域の中で各地区の位置付けが明確になり、地区別の事業を考える上でも役立つはずだ。
水害リスクが高まり時間の猶予がない中で、推進室がいかに多くの民意をくみ取り、住民を巻き込んで地域の将来像を描けるか真価が問われる。
▼江の川流域治水推進室
国土交通省と島根県、江津市、同県川本、美郷、邑南3町などが4月に設けた。江津市内の事務所に国交省職員が常駐するほか、県や市町が随時職員を派遣し、堤防整備や宅地かさ上げなどに向けた住民との協議や用地買収に当たる。2018、20年と2度浸水した江津、川本、美郷3市町の15地区(103世帯)の対策を重点的に進める。